2008年07月24日

ワンの習性

皆様、本日もおこしいただき、ありがとうございます。

さて、先日NHKで放送していた犬の番組、見ました?
ドッグトレーナーの特集のほうじゃないんですよ。犬の能力についてのほう。

そこで、「犬は人間の身振りや表情からヒントを得て行動する」とか何とか言う内容があったように記憶しております。


狼は自力で何とかしようとするけど、犬は早々に人間に頼る・・・という感じで、対比されていましたね。

ま、頼りにすると言われれば、そうなのかなぁ・・・とおもいます。
が、僕としては
「それだけ犬と狼の行動は、かけ離れている」ということなのではないかなと思います。

もうかなり前に、「犬と狼ははるか昔に種として分かれたのであり、狼がそうだから犬もこうである・・・という話には意味がない」と、外国の某教授が言ったというお話を聞いたことがありますが、このことはその話の正当性を裏付けるものになるのでしょうね。

つまり、狼がどうであろうが、そんなことは関係なく、犬はあくまで犬の行動を観察して、どういう生き物か語られるべきである・・・ということであると思います。

少なくとも、人間の身振りを参考にするという行動習性は、自分たちが生き残るのに都合のいいものとして身に付けたものでしょうし、これを身に付けたところからして、「人間のために、リーダーのために」という考え方ではないことは確かでしょうね。
(もしそうなら、悪い予兆を察知して、逃げたりはしないでしょうからね)

ま、ちょっとした、たわいもないお話です。読み流してください。

最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。よかったら、またきてくれるとうれしいな。
皆様にすべてのよきことが、なだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。もちろん、わんちゃんたちも。

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2008年04月23日

社会化計画

皆様、本日も来てくれて、ありがとうございます。

前回の記事、よくわからなかったですよね。
言葉って、潜在意識に刻まれていくらしいんですよ。一つ一つ。
人の行動の97%は無意識みたいなので、これは大きいですよね。
体は食べたものでできているといいますが、
心は今まで聞いてきた言葉や、かけられた想い。あるいは自分で使った言葉や抱いた想いで、できているようです。
と、いうことで、いい言葉を繰り返し、言いまくるんです。多分、これでいいと思うのです。
もちろん、心の中で否定したくなるようでは意味がないですがね。


さて、今回は社会化の計画を。
まだ具体的に決めたわけではないですが、もし実家に帰るとしたら、あそこは人も犬もほとんどいないところ。
念入りに計画を立てておかねばね。

”イヌ自身は、自分が暮らす人間社会では、かむ事が死罪にも値することだとは、わかっていない。〜中略〜
世間の人々は、犬が正常な遺伝子を持っていれば、かまないと思っているが、これは大きな間違いだ。
正常な遺伝子であれば、怖い相手から距離を置きたい時に「かむか逃げるか」
のどちらかを選ぶ選ぶ習性をイヌに植え付けているはずなのだ。
動物というものは、社会的距離をとても強く意識しており、常に相手との適切な距離を維持しようとする。
その方法は2つしかない。自分が去るか、相手を追い払うか。
つまり、犬の攻撃行動は、あくまでも相手を追い払う手段なのである。”
(ジーン・ドナルドソン著「ザ・カルチャークラッシュ」より)

ということで、社会化の失敗は、ちょっと(いや、かなり)危険だと思うので、気合を入れねばね。

ちなみに、リーダーシップうんぬんは、まったく関係ないでしょう。
僕が群れの論理反対派であることもあるが、
そもそも、生き物は生き残った個体が遺伝子を残し、遺伝子を残した個体が持っていた特性が受け継がれるのである。
たまたま生き残り、繁殖をすることもあるかもしれないが、たいていの場合、リーダーのために危険を顧みない個体は、そうでない個体に比べ、危険な目に合う確率が高く、子孫を残すことが難しくなる。
つまり、リーダーのために・・・などという特性は淘汰され、関係なく自らを守ろうとする特性が残っていく・・・というのが自然であり、
現在の犬たちにも、そのような習性が組み込まれているはずである。

人が、リーダーになれていないから、攻撃性が発揮されるとか、そんなことはないと思います。

つまり、そもそも僕は人間が犬の群れのリーダーにはなれないと思っているが、
もし、なれたとしても、危険を感じれば、攻撃性が発揮されるのは、最初からわかりきったことであると思う。
(と、はるか昔の記事にも書いたよね〜。)
ちなみに、「食べ物はリーダーが真っ先にたべる」というのは、どうやら間違いだったらしいです。


さて、そもそも、社会化とは・・・?
端的にいえば、「ものに慣れる」!
慣れるとは何か?
”その状態に長く置かれたり、たびたびそれを経験したりして、違和感がなくなる。通常のこととして受け入れられるようになる。”
(大辞泉より)

と、いうことで、いろいろと頻繁に見せてあげるのが基本でしょうね。

さて、ここで学習の原理から、考えてみましょう。
慣れも学習・・・と考えると、生き物は
@自然に身につく
A楽しいから覚える(正の強化)
B切羽詰って覚える(負の強化)
の3つしかないと思う。

@は、制御のしようがないので、無し。Bも、慣れには不向き。
ということで、必然的にAでしょう。

身の回りのものを観察して、触れて、覚えるという時間を、いかに楽しくするか。ということで、
T、慣れるべきもの=楽しいものにする。
U、僕と居るということ自体を楽しくする。
V、楽しい雰囲気の中で慣れさせる。
といった感じでしょうか。

さて、具体的に、どうしようか・・・。
まあ、まず、Uでしょうね。僕といる=楽しいと、なってくれれば、その間に見たものも、楽しいものと思ってくれやすくなるでしょう。

そのためにも、飼い始めたら、いっしょに遊んだり、抱っこしてなでなでしたり、お昼寝したりしましょうかね。できるだけたくさん。
もちろん、「いいこだね〜」とか、「たのしいね〜」とか、「おりこうだね〜」とか「ついてる、うれしい、感謝してます、しあわせ、ありがとう、許します」とか(笑)、たくさん、声をかけましょうねぇ。(ドーパミン大量分泌中)犬(笑)


あとは・・・Tのために、ま、定番ですが、相手におやつあげてもらったり、見せておやつとか。もちろん、頻繁に声をかけながら。

Vの、雰囲気作りは・・・そうだな、・・・歌でも歌うかな。楽しそうなのを。

ちょっと余談ですが、今、僕、これにはまってます。「リトル・チャロ」

http://www.nhk.or.jp/charo/

英語の勉強用に作られているものですが、とってもかわいらしくて、楽しいのです。
アニメの部分のみも、放送されているはずなので、見てみてちょうだいな。
字幕つきなので、英語わかんなくても大丈夫ですよ。僕もあまりよくわかんないし。今のところ。

5月6日に、それまでの話をまとめてやるらしいです。
今まで見ていなくても、大丈夫です。
で、何がいいたいかと言うと、この番組、月一ぐらいで、歌が入るようで、子守唄とか、なんか色々あるらしい。
これの歌を、がんばって覚えて、歌ってみるかな・・・と、それだけです。
きっと、一緒にいる時間が楽しくなるでしょうからね。

え、別にほかのでもいいんじゃないって?
ごもっともです。単に、僕が番組を見ていて、楽しいので、ほかに楽しめる人がいたら、楽しみのおすそ分け〜がしたい・・・と、いうことです。
以上、余談でした。


さて、ほかには・・・そうだな、
いろんなものをビデオにでも撮って、おうちのテレビででも、映していようか。
間接的接触だけど、直接的に触れる際に「あの時見たやつ〜」なんて思ってくれたら、しめたもの・・・。
ま、効果あるか、わかんないし、これだけでは不十分だけど、おうちというのは、楽しい空間であるはずだし、そこで見たものということで、プラスにはなるかなぁ・・・なんて。どうでしょうね?




さて、慣らすものは、当然ですが、
1.できるだけ細かく(子供なら子供でも、性格、容姿、年齢、行動パターンなどの違う子と)
2.できるだけ頻繁に(忘れないために)
3.最初は刺激を弱く、だんだん強く(距離、量、状況も少しずつシビアに)
でしょうね。
これがいちばんやっかいやなぁ。そんだけ人も犬もおらんわ。
お知り合い、お友達の皆様、よろしくね。できれば知り合いが知り合いを呼んでくれるのがベストやな。
保育園とか、活用するかな。前を通るぐらいだけど。
あとは、行動範囲を広くすれば何とか・・・。
車の運転、練習しないとな。本当に苦手なので。
教習所のおっちゃんに「車両感覚がまったくない」といわれたぐらいだったので。

本日も来てくれて、ありがとう。よかったら、またきてね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
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2008年04月18日

そろそろ準備をはじめましょう

皆様、本日もおこし頂いて、ありがとうございます。

さて、もう、手に入れたいものは、おおむね手に入った感があるので、そろそろ、犬を飼うことについて、最終的な準備をすすめてまいりたいと思います。

さて、やはり最初は精神的なこと。
仕事に関しては、今までのセルフ・マインドコントロールで、
「仕事をするということに対する恐怖感」は薄らぎ、自分でも、ほかの人と同じように、まともに仕事ができるのではないかという自信がでてきましたので、大学生のときのような、
「全身が硬直して、就活(電話、メール、ネット操作など)ができない」という状態にならず、前向きに取り組めるでしょう。



犬を飼った時のことを考えましょう。
しつけをする上で、最も気をつけたいことは、感情の制御。
犬のやったことで、あるいは日常の出来事で、感情が乱れ、しつける上で、とるべきでない行動をとらないようにしたい。
ゆえに、
「私は常に冷静に、とるべき行動は何かを考え、行動する。
そのために不要な感情は抱かない。
私は、ひとたび犬を目の前にすると、恐れ、怒り、悲しみ、戸惑いなどの感情はおさまり、
喜び、楽しみ、そして幸福感に満ちた、ゆったりとした気持ちになる。」
と、マインドに投入してみることにする。

勉強も相変わらず、飼ったあとも続けましょう。知識と自由度はセットです。
ひとつのことに対して、いろいろなものの見方ができるというのは、問題解決能力の向上に、非常に重要です。
「私は好奇心旺盛で、勉強好きで、プラス発想人間で、意思がいたって強い」
これも入れて見ましょう。

さらに自分を信じられるように
「自分なら必ずできる。自分には何でもできる。可能性は無限にある」

これは普段すり込んでいる言葉ですが、
「私は今までの人生の中で、一度たりとも手を抜いたことはない。
その時点での最善の努力をし、最善の判断をし、出来るだけの経験をつんできた。
完璧な人間ではないが、そんな人間はいない。
ゆえに私は、現時点での最善の人格・能力を持った、最善の人である。
失敗もするが、失敗だけでなく成功もするし、失敗からも常に何かを学び、考えられる賢い人間だ。
何より大切なのは、周囲がなんと思おうが、私が自分を信頼し、自信を持つことであり、私は自信を持つに値する人間である。」
これも、もっと頻繁に朗読することにします。

今思いつくのはこのぐらいかな。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
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2008年02月10日

何でだろうを考える

みなさま、本日も覗きにきてくださって、ありがとうございます。

さて、精神論ばかりというのもなんなので、たまには技術の話を。

皆様、「原因と結果の法則」というものをご存知でしょうか?
同名の書籍があるので、それを読んでいただいてもいいのですが、要は「原因があれば、結果が現れるんだよ。今出ている結果には原因があるんだよ」というものです。簡単かつ、あたりまえですね。

さて、それならば、ワンコの問題行動にも原因があって、結果が出ている、そうではないでしょうか?
そして、その原因を突き止めて、消せば、行動もきえる。
方法選択の参考にしてください。
もちろん、原因は一つとは限りませんよ。

具体的な例をひとつ。ほかの犬が怖くてワンワンほえている子。
怖くなくなれば、吠えなくなるでしょう。
どうすればいいでしょう?叱ってみましょうか?
さて、この子、ほえている原因は消えたでしょうか?
つまり、ほかの子が怖く亡くなったでしょうか?
・・・NOですね。怒られても、怖いものは怖いですね。


もともと、しかるという行動は、「悪いことだとわかってほしい」という気持ちからでしょう。が、しかし、当のワンコちゃんは、
「ほかの子が近づいてくるという状況に、危険を感じているわけで、自らの生命を守るという、至極当然のことをいしただけで、悪いことはしていない」と思っていることでしょう。

もちろん、ほえることでもっと危険にさらされるという認識になれば、ほえなくなる子もいるかも知れませんが、「なら、噛み付いて追い返そう」とか、「こっちから逃げ出そう」とか、別の行動に発展することもあるでしょう。

というか、怖いと思っている以上、何とかして追い払わなくてはならないという必要性に駆られているでしょう
たまたま問題ない行動に発展することもあるでしょうが、それは博打みたいなもので、確実性はないでしょう。
噛み付きに発展して相手をかみ殺したり、逃げ出して車に轢かれたりしたら・・・と考えると、解決になっているとはいえないかと。

大体、「自分が吠えたから怒られた」ではなく、「相手の犬が近づいてきたから」と、犬が捉えたら、余計に原因を根の深い物にしてしまうでしょう。

もちろん、このまま、ほおって置くと、かみ殺しあうことが予想されるときなど、緊急性があり、すぐにとめなくてはならないこともあるでしょうし、そういうときには有用なこともあるでしょう。回避法としては。つまり叱ることは、問題の回避法ですね。解決法ではないですね。
この場合、叱って済ませようというのは、たとえて言うと、細菌感染をおこして、皮膚病になっている子に、抗炎症剤だけを使って、抗生物質を使わないようなものだと。

近づいて来たら、いいことが起こるようにして、印象を変えるのがいいでしょう。怖くなくなれば、行動も消える。
具体的な方法は、書くと長いし、ネットもしくは本をちょっと探せば見つかるので、割愛。

長くなりましたが、何かの参考になればいいなぁ。考える際の参考知識のひとつになれば幸いです。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
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2008年01月10日

そもそもしつけって何でしょう?

皆様、あけました、おめでとうさんです。

さてさて、今回は、「しつけとはなにか?」について考えてみましょう。
何かがわかれば、目的がはっきりして、何をすればいいのかがわかる・・・ようになるといいなぁ。

さて、結論から言うと、僕は「楽しむ心を育てること」だと思っています。

僕たちが犬にしつけをする理由は、その子が生きていく上でのさまざまな障害を取り除くことだと思います。
そのために、吠えてほしくないし、噛み付いてほしくない。ほかのことも同じですね。

では、なぜ吠えるのか、噛むのかと考えると、「イライラしているから」と思うんです。
皆様もそうでしょう?人を攻撃したり怒鳴りつけるときって、イライラしているときでしょう?ストレスたまっているときでしょう?

だから、それを楽しめるようになればいい。楽しいときは、誰かを攻撃しない。そう思うのです。

じっとしているというのもそうですね。じっとしているのが、楽しくないから、ストレスや、フラストレーションがたまって、そのままの状態(ストレスがたまる状態)で居たくないんだ、と思います。

お友達とショッピングとか行って、二人の間に会話が弾んで楽しいと、どこまでもいっしょに見て歩きますよね。

カフェで食事するときも、ずっとそこでじっとしていても、楽しい会話中なら、苦痛でないですね。

でも、話もなく、楽しくなかったら、ばらばらに買い物し始めるし、カフェでも、食事が終わったらすぐに出て行きたいですよね。

だから、しつけの目標は楽しませることだと思うし、
しつけとは、さまざまな状況、場面、物事を「楽しい」と思う心を育てるのが「しつけ」だと思うんですね。

具体的にどうすれば良いかと言われれば、その子にもよるでしょうねぇ・・・としか答えられませんが、どうすれば楽しめるかな、と考えていけばよいのではないかと思います。

もちろん、みなさま、いろいろな考えがあると思いますし、それでいいと思います。
ぼくは、こう考えています。犬の楽しい顔が大好きだし。

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今回はちょっと付録的に。

外で犬を誉めるのが恥ずかしいという方、何か特定のサインを作って、それをしたときにご褒美を連想できるようにしてみるのはいかがでしょう?
ほかに使わなくて、普段しないしぐさで、簡単なもの。拍手とか。
それで誉めなくても・・・とはいかないこともあるでしょうが、周りに聞こえるような大きな声でなくても犬がわかるようになるのではないかと。検証してませんが。

最後まで見てくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのようにおき、光ある幸せの道を歩めますように。
ニックネーム アース at 22:14| Comment(4) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月01日

楽しむのって大切

皆様、本日もきてくださって、ありがとうございます。
先日このブログを見た友人に「大学の講義みたい」といわれてしまった。
それはおもしろくないということか?
よし、できるだけ楽しそうに書こうじゃないか。

さて、学習曲線のときに書いた「楽しみましょう」を、今回はもうちょっと詳しく書いてみます。

なぜ、楽しむことが重要なのか。
よ〜く、考えてね。できないとお悩みの人は非常に多いです。では、それは能力の問題なのか?
違いますよね。だって、みんなそれぞれ、能力を発揮していることがあるんです。できるということは能力があるんです。

皆様、趣味はございますか?
その趣味のことでは、皆様それなりの知識と技術をお持ちですよね。ということは、皆様、それを身に付けるだけの頭と体をもっているんですよね。

さて、なぜ、それだけ身に付けられたのでしょう?それはきっと、楽しいからではないでしょうか?

楽しいことって、飽きずにいくらでも知りたいと思うし、聞いたことをどんどん吸収できますよね。

何事も楽しいほうがいいに決まっている。いやだと思いながらやる人はいない。わかっているつもりでわかっていなかったんだなぁ・・と思いました。
なら、しつけも楽しいほうがいいですね。
もちろん、いつも楽しくはないんでしょうが、何か楽しめるものがあるといいでしょうね。
自分で考え出した方法がうまく行くと楽しいですし、何か芸を教えるとか、ダンスを踊るとか、ドッグスポーツもいいですね。

話がずれますが、よく「基本的なしつけもまだなのに芸なんて」と言われる方がいらっしゃいますが、そんなことはないんですよ。
芸を教えるのって楽しいでしょ?さっきから書いているように、楽しいことってすぐ覚えますよね。

それに芸をするには、たとえば前足を片方上げて「ハロー」なんて挨拶する芸を教えるとして、前足を上げるにはおすわりしなきゃできませんので、おすわりをするように誘導する必要がありますよね。お座りしたあと、お手をさせて、それをだんだん高くしていくとすれば、お手もすることになりますね。
つまり、この芸を教えるということは、おすわりとお手を教えるということですね。

また、こんな複雑なものでなくても、耳を持って、「丸バツ三角〜」なんて動かすだけというのも立派な芸ですよね。犬は何もしていないので、これは飼い主さんの芸かも知れませんが、これだって「触られてもじっとしている」練習ですよね。

つまり、芸をするということはしつけるということ。
しつけと芸、ダンスなどは、表裏一体だと思います。
本もいくつかありますよ。
ドッグダンス

ドッグスポーツをしよう

ドッグトリック

うちの犬と楽しく遊んでしつけトレーニング

この手の本で、楽しめる範囲で、ぜひ、やってみませんか?

話を戻します。
また、犬のほうからしてみても、楽しいほうが、その人の言葉に注目しようと思いますし、楽しいことのほうが覚えようとしますよね。
それに「行動する→いいことがある」という一連の流れを何度も経験すれば、ご褒美をもらったときに「あ、この行動をすればいいんだな」と感づきやすくなります。これは、またほかのしつけをするときに、役に立ちますよね。

どうでしょう?楽しむのは大事だと思っていただけたですか?思ってもらえたらいいけど。

最後まで読んでくれて、ありがとう。よかったらまたきてくれるとうれしいな。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
ニックネーム アース at 18:02| Comment(0) | TrackBack(2) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月05日

犬からのプレゼント

皆様、本日も来て頂いて、ありがとうございます。

さて、先日、お風呂の中でぼ〜っと考え事をしていましたら、こんな考えにいたりました。

物事には必ず意味がある。それならば、犬の問題行動には何の意味があるのだろう・・・?
問題を起こすことによって、何が起きるだろう???

飼い主さんは、きっと何とかしようとするだろう。本を読んだり、人に聞いたり。あるいはトレーナーに頼ったり。

それによっておきることは、飼い主さんのレベルアップ。新しい知識の獲得だ。
また、アドバイスしてくれた友人と、もっと親しくなれる。
よい先生にも出会えるかもしれない。ほかの人に薦められる、良書にめぐり合うかも知れない。

一方、悪いことは何だ?
ほかに人に迷惑をかけるだろう。時には頭を下げなくてはならないかもしれない。屈辱を味わうかも知れない。迷惑がられるかもしれない。

が、これはどれも一時的なことだ。問題行動が何とかなってしまえば、まったく問題ない。
何より、何とかしようと精一杯がんばっている人を悪人だと、少なくとも僕は思わない。


こう考えると、悪いことよりいいことのほうが、いっぱいあるような気がする。
そして、そうであるならば、飼い主さんは、犬が問題を起こすことによって、知識、頼れる友人、すばらしい先生、そして、自分自身の更なる人格向上という、一生の宝を得るのでは。
犬が問題を起こすということは、その宝の種を、犬からもらうということなのでは?

・・・そうか、問題行動は犬からのプレゼントプレゼントだったんだ。


僕は、以上のような結論に至りました。どうでしょう?
こう考えたら、少し気が楽になってきませんか?
犬との生活が、少し楽しくなりませんか?

楽しい、うれしい、ついてるハートたち(複数ハート)。そう思えるようでしたら、ぜひ、そう考えてみてください。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。よかったらまたきてね。めったに更新しませんが。たらーっ(汗)

皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
ニックネーム アース at 08:09| Comment(0) | TrackBack(2) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月21日

ピグマリオン効果

皆様、本日もお越しくださって、ありがとうございます。

さて、ピグマリオン効果というものをご存知ですか?期待をかけた子が大きく成長したというもの。後にこの実験は不備があったと言われていて、効果を疑問視されていますが、僕はありうると思います。
潜在意識上で、こうだと思っているもの。はっきりとしたイメージを持っていると、それは相手の潜在意識に働きかけるでしょう。
「人は、その人が思っているとおりの人間になる」
おそらく他人に対してもそうでしょう。もちろん、犬にもね。
反論の余地がないとその人が思えば、少なくともその人は思ったとおりになると思います。信じるも信じないも自由ですがね。

だから、そうだと思い込めるなら、うちの子はいい子だと思い込んでみては?
あるいは、いい子だと思える何かをしてみては?

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことが、なだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように
ニックネーム アース at 02:37| Comment(3) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月20日

習熟曲線

皆様、本日もお越しくださって、ありがとうございます。

さて皆様、物事の習熟って、どんな感じで上達していくと思いますか?
有名な話ですが、何でも、こんな感じで上達します
gakusyuukyokusen.bmp
最初の部分に注目。最初はみんな、目に見える成長がないです。
どんな有名な方でも、あらゆる分野の方で、最初はこうだったはずです。
だから、うまくいかないとお悩みの飼い主様、私には才能がないと思っている方、あなた様はこの最初の部分にいるだけです。

逆に言えば、続けていれば、どんなことでも上昇し始めると思います。
そこまで絶えられない人が居るというだけで。そして、それは悪いことではありません。成長が見られないのって、楽しくないですよね。
だから、僕は、何らかの方法で「楽しむこと」が大切なことだと思います。
楽しむこと、それを楽しいと思うことは、曲線の上昇を早くし、また、そこまでモチベーションを維持します。

僕の場合、試してみたいことがたくさんあります。だから、犬が目の前で暴れると、「試せる」と思います。飼い主さんたちには悪いんですが、僕は正直な話「暴れて!」と思ってます。
だから、うちには犬がいませんが、うちの犬が問題を起こすと、多分僕は「やった、試せる。ラッキー!」と思うでしょうね。というか、楽しいとしか思わないでしょう。何してくれてもうれしいので。

だから、皆様、それぞれ、楽しめる何かを探し出しましょう。それが「よーし、この問題行動を何か役立つものに変えてやろう」でも、「芸にしてやろう」でも、僕のように「次の方法を試してやろう」でも、何でもいいと思いますよ。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
ニックネーム アース at 04:23| Comment(11) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月09日

楽しみましょう

今日はもうひとつ。
先日ぼ〜と考えていて思いついたことですが、
「飼い主さんの失敗の原因は、楽しめていないことではないか」

楽しくないから、必要なことを覚えるのが面倒。やるのも面倒。うまくいかないといやな気持ち。

だって皆様、ご自分の趣味のことをされているときのことを想像して下さい。ガーデニングでも、お茶でも、スポーツでもいいです。

雑誌や専門書で新しいことを覚えるの、楽しいですよね?
どんなに難しい作業や手続きも、根気よくできますよね?
うまくいかなくても、「どこを修正すれば良いんだろう」「何が必要なんだろう」と、考えられますよね?

脳は楽しいことを早く覚え、また、忘れません。この際、何よりも
「楽しめる何かを見つける」
ということに意識を向けてみてはどうでしょう?芸を教えるとか、ゲームで遊ぶとか。
そういうことは方々でたくさん言われていることですが、僕自身もあまり意識していませんでした。でも、楽しめることって、本当に重要なことだって気が付きましたね。
芸やゲームって言っても、そう大したものでなくてもいいと思います。耳たれている子だったら、耳を持って「丸、三角、四角」なんて、耳をいじって遊ぶとか。第一これだって「触られておとなしくしている」トレーニングにもなっているし。
普段のしつけだって、できていることだけ考えて「楽しいね、いい子だね」なんて言っている方がいいと思います。できなきゃできるレベルにするとか。マテだって0.5秒待てたらいいとか。
つめきりも、爪切りを見たら誉めるとか、嫌がるならつめきり持って、部屋の隅に逃げたワンちゃんにおやつ放り投げるとか(ケースバイケースですかね)
部屋の外まで逃げなかったからいい子なんて感じで。
どうでしょう?
ニックネーム アース at 14:42| Comment(0) | TrackBack(4) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月06日

条件付けって?

みなさま、本日も来て頂いて、ありがとうございます。
さて、ご近所のアイドル、るーと君。気が付かないうち(河川敷に遊びに行かないうち)に成犬になってました。
Sany0099.jpg

凛々しい男の子に成長しています

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結構もてているようです。

Sany0097.jpg

ちなみに最近の趣味はサッカーのようで、サッカー少年らに遊んでもらっているようです。


さて本題です。今回は条件付けのお話。ブログ立ち上げたときの趣旨に戻ってみましょう。
こういう硬いことは嫌いな方が多いかと思いますが、ちょっと覚えてみてください。そして、これを踏まえて、ご存知のしつけ法を「どうしてしつけられるか」という視点でご覧になってみてください。。

僕の認識が間違っているところもあるかもしれませんが、そうしたら突っ込んでもらえるとありがたいです。

条件付けといえば、オペラント条件付けとパブロフ条件付け。
そもそも何なんだと言う事で、まず、


オペラント条件付け(道具的条件付けとも言います)は

・行動のあとに何かしらの結果がついてくることによって、「○○すれば××になる」ということを学習する条件づけ

ということになります。つまり犬の立場は

・状況の操縦者

であり、この学習によって、自分の周りの状況を操作し、より快適に暮らしていこうとするということですね。

これを利用することによって、

・犬の”行動”を変化させる

ことができます。


具体的に、どんな学習をするかですが、 行動のあとに

・いいことが起きる
・いやなことが消える

の2つで、その行動を「もっとやろう」と思います。
前者の例としては、「飼い主さんの足元に行ったら撫でて貰えた」という感じですね。その他状況によって
 ・おやつもらえた
 ・注目をあびた
 ・獲物を追いかけられた
などなど。

後者の例としては、あまりいい例がないのですが、「お座りしたら腰を押さえつけるのをやめてもらえた」という感じでしょうね。(腰を抑えられるのがいやな子は・・・です)


また

・いいことが消える
・いやなことが起きる

で、その行動を「止めておこう」と思います。
具体的には、前者は「吠えたら目の前のおやつが消えた」
後者は「吠えたら口をつかまれた」

ただ
 ・いいことが消えなかった
 ・いやなことが起きなかった
という経験があれば、「起きない(消えない)かもしれない」ということで、行動が消えない可能性もあります。
また、”いやなことが起きる”には
  ・いやなことをした相手に対してのイメージが悪くなる
  ・与えられた課題に対してのイメージが悪くなる
  ・いやなことが起きなくなると、行動が復活する
  ・行動するということ自体に無気力になる
という側面もあります。

いい事消える(いやなことが起こる)は、どうすればいいかを教えられないので、これで正しい行動を教えることは不可能です。


パブロフ条件付け(古典的条件付け、レスポンデント条件付けとも言います)は

・周囲の状況の変化(音、匂い、映像、何かの接触など)の後に何かが起こることによって、「○○が起こる=××が起こる」ということを学習する条件付け

となるかと思います。つまり、犬の立場は

・状況の観察者

であり、この学習によって、周囲の状況の変化を予測し、より快適に暮らしていこうという事ですね。これを利用することによって

・犬の”特定のものに対する印象・感情”を操作する

ことができます。

具体的な例としては、有名な実験がありますね。

 ・ベル=よくわからない

  ご飯=うれしい

↓ベルを鳴らしたあとにご飯をあげるのを繰り返すと・・・ 

 ・ベル
   ‖
  ご飯=うれしい

となる学習ですね。

・うれしいこと(いい事が起きる、いやなことが消える)と結びつくと、印象がよくなり、

・避けたいこと(いやなことが起きる、いいことが消える)と結びつくと、反対のことが起こります。

どちらの学習も、刺激(または行動)の直後に起こることが重要な部分です。
刺激の前にいいこと(もしくはいやなこと)が起きても意味はないです。



ちなみに、お気に入りリンク内の「犬のしつけをまじめに考える」というサイトで、もっと詳しく説明をしてくださっています。よろしかったら、ご覧になってみてくださいね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。良かったら、また来て下さいね。
皆様に全てのよき事が雪崩のごとく起き、光ある幸せの道を進めますように。
ニックネーム アース at 13:37| Comment(1) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月04日

しつけの天秤

皆様、本日もおこし頂き、ありがとうございます。
僕の大好きな「名言セラピー」に新作が。
名言セラピー++」是非読んでみてください。周りの皆への感謝で胸がいっぱいになりますよ。

さて本題、しつけを行う上で、「失敗した」と落ち込んでいる方もいらっしゃるんではないかと思います。
前回も書いた話題ですが、どうしてもそうは思えないという方もいらっしゃるんではないかと思うので、もう一つ、こう考えてみてはどうでしょう?


さて、天秤を想像してください。その天秤を支えているのは飼い主さんです。
その天秤には砂が落ちてきます。間違った対応等で、悪いほうに、正しい対応でいいほうに砂が落ちてくると考えましょう。

さて、失敗するという事は、確かに天秤を悪い方向に傾けるという事。でも、その後、良い方向に砂を落とせば・・・どうでしょう?平衡に戻りますね。
悪い方向に10粒の砂が落ちているとしましょう。良い方向に100粒落としたら・・・どうでしょう?傾いているのは、紛れも無く、良い方向ですよね。

確かに一度成功させるより、失敗させたほうが多く砂粒が落ちるでしょう。失敗(させたくない行動)は大概、その子の要求度の高い行動(したい行動)ですからね。
でも、成功させる事がどんなに小さな砂粒だとしても、それを積み重ね、失敗より多い砂粒になれば、傾いているのは良い方向ですよね?

確かに悪い方向に落とした砂粒は消せません。何も影響が残らないとはいえないこともあるでしょう。
でも、だからと言ってあきらめる事は無いとおもいますよ。

何より、良い方向だろうと、悪い方向だろうと、それで天秤の重さは少しずつ変わっていきます。それを支えている飼い主さんの腕は少しずつ筋肉がついて太くなっていくでしょう。つまり力が身についてきます。
だんだんうまく出来るようになっていく出しょう。
つまり、失敗は、悪い事ではないのです。

人とは、過ちを犯す動物です。でも、間違えたら、それを経験として、次には間違いを修正した方法で、もう一度チャレンジすればいいだけのことです。

それどころか、失敗する事によって、今まで見られなかったものや、気がつかなかったものを手に入れることが出来、新しい事を学習できます。

落ち込まないで、頑張って、日々、可能な範囲で勉強に励んで下さい。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。良かったら、また来て下さいね。
皆様に全てのよき事が雪崩のごとく起き、光ある幸せの道を進めますように。
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2006年12月27日

皆様、頑張ってらっしゃいますね

皆様、本日もおこしいただき、ありがとうございます。
ちょっとした気まぐれで、ビーズ細工なんぞ作ってみました。
といっても、製作キットを買ってきて、そのとおりに作っただけですが。
Sany0094.jpg
可愛いんですよ。キラキラ光ってきれいだし。

さて、本題。先日のカンファレンスで、とっても良い言葉を聞いたんです。僕は口下手で、その感動の一部すら表現できないかもしれませんが、頑張って書きます。

カンファレンスでお話をしてくださった先生方の所には、毎日たくさんの飼い主さんがいらっしゃるそうです。その中には、ほとほと困り果てて、どうしよう・・・なんて思って。ダンナは協力しない、子どもは遊ぶだけ。周りからは責められて、自分が悪いんだ・・・なんて自信喪失しちゃっている方もいらっしゃるそうで。
そういう方に、その先生は、
「おねえさん、すっごく頑張ってますね。だって、他人に迷惑かけようと全くお構いなしの人もいるんですよ。しつけの勉強なんてしない、努力しようとしない人も、たくさんいるんです。その中で、一生懸命やろうとしている。何とかこの子を良い子になんて努力している。これって、物凄いことではありませんか?」
と、大体こんな感じのことをおっしゃるそうな。

僕は、いまいち結果がでていません。でも、もし「がんばっているね」と言われれば、すっごくうれしいです。
ネットを見ている飼い主さんたちの中にも、落ち込んでいる方がいらっしゃるのではないかと思います。
そんな人は、ぜひ、上の言葉を読んで、元気を回復してください。何も、落ち込んでいる時に、厳しい言葉を受け入れなくてもいいですからね。
今回カンファレンスでお話してくださったような、いい先生に出会えることをお祈りしています。

今回も、最後までお読みいただいて、ありがとうございます。
皆様に全てのよき事が雪崩のごとく起き、光ある幸せの道を歩めますように。
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2006年12月08日

カンファレンスに行ってまいりました

皆様、本日もおこし頂いて、ありがとうございます。
さてさて、僕のバイト先で、最近肉まんを扱い始めたんですが、なぜかあんまんが緑色なんです。(バイト先はワンちゃんとは全く関係の無いところです。)
蒸気で蒸して作っているので、内側は水滴だらけ。そこで緑色となると、なんだか湿地帯のカエルみたい。
食欲あんまり湧かないよなぁ・・・。なんで緑なんだろう?

で、本題。前の記事に書いたカンファレンスに行ってきました。
普段夜の仕事の僕は、朝早くから夕方までのお話を4日間連続は、しかも、往復5時間の道のりはきついです。帰ったら即寝て、また起きたら即でて。しかもよる寝れなくて、お話中は眠くて眠くて。

お話を聞いて、なんだか、自分のいたらなさを見せつけられた感があります。どうしよう・・・。
僕は、ワンちゃんには優しく優しく・・・と思ってきましたが、果たして人相手はどうだっただろう?このブログの記事も、ちょっと言いすぎな部分があるよなぁ。

僕は仕事はしていなくって、近所の飼い主さんとお話をしているだけですが、そして、自分のわかる範囲で飼い主さんのお役に立てたらと思ってましたが、やはり言いすぎな部分もあったんだろうなぁ。
「自分で飼わないと飼い主さんの気持ちはわからない」。まさしくそうなのでしょうね。
実家に犬がいた頃は、しつけも散歩の仕方も、何にも考えていなくて、そんな事はやらなくて。大学の時に教員免許を取りそこなって、ならば自分の大好きなワンの先生になれたらなんて。そんな事考えてトレーナーの学校に入ったものの、頭はついていくけど技術はついていけない。
でも、それならお話だけでも。話をして、飼い主さんのお役に立てたらなんて。そう思って、しつけに関わらず、たくさん勉強して、で、飼い主さんたちが「そうなんだ」なんて言ってくれたら、それはとっても嬉しかったのですが。

それが、負担をかけていたことも有ったのかなぁ・・・。自分は、実際にやるのがうまくいかなくて、もどかしいと思うことも有るのに、で、それは飼い主さんが「しつけがうまく出来ない」って、思っているときの気持ちと似ていて。
となると、求めすぎた事もあったんだろうなぁ。口ではなんとでも言えるから。
飼い主さんたちは、がんばっているんだよなぁ・・・。
・・・と、反省しきりの4日間でした。
自分のやってきた事に、意味はあったのかなぁ。何かの意味は有ったらいいなぁ。

やはり、自分で犬飼わないと、これ以上はねぇ。なんだか行き詰まりを感じてます。
一時は実家に帰ったら・・・とか思ってましたが、やはりそれは無理。だって、まさか仕事もしないで犬飼う事に専念なんて出来ないし、仕事したら一緒に居れる時間が少なすぎ。家族に世話頼んだんじゃ意味ないし。まさかバイトなんて、うちの親は絶対了承しない。でもここに居たんじゃ、もっと無理だわな。

と、まじめなことも考えたんですが、楽しい事も有ったんです。サメの着ぐるみが、サメの着ぐるみが〜。(意味不明ですねたらーっ(汗)K9ダンスのことです。)

本日もおこし頂いて、ありがとうございます。よろければ、またきてくださいね。
皆様に全てのよき事が雪崩のごとく起き、光ある幸せの道を歩めますように。
ニックネーム アース at 01:02| Comment(2) | TrackBack(18) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月10日

犬にとって人は群れの仲間?同居人?

皆様、本日もおこし頂いて、ありがとうございます。
最近、「あらしのよるに」が、非常に気になっています。話を聞くと、なんだか面白そう。
(あれ、子ども向けじゃないと思った皆様、僕は子供向けだろうと女の子向けだろうと、面白そうなら、何でも見る人です)

さて、本題。犬にとって人間って、本当に群れの仲間でしょうか?
行動パターンも違う、姿かたちも違う、コミュニケーションの手段も違う、遊びや、興味の対象も違う。これで、果たして犬たちの中で、人間って、本当に同じ群れの仲間ですか?

第一、犬が群れを組んでいる理由の一つである、食料の調達だって、人間は勝手に出て行って、勝手に調達してくる。自分は参加する事がない。犬たちが狩りをする時だって、(実際にはしているつもりになっているだけですが)人間は参加しない。
これで犬たちにとって、群れとしての活動を行っていると言えるんでしょうか?

万が一、犬が人を群れの仲間だと認識していたとしても、「自分が群れのルールどおりに行動しても、反応の鈍い(あるいは怒り始める)飼い主」を見て、「群れの論理は通用しない、全然別のルールを持った生き物」と認識するのは時間の問題ではないでしょうか?(犬の群れのルールを真似しているつもりでも、完璧ではないはずです。ボディーランゲージも、大まかにしかわからないし、獲物には反応しないし。もしリーダーなら、明らかに役立たずのリーダーですね。)

それに、我々がリーダーシップを取る方法だと認識しているもので、本当にリーダーシップは取れるんでしょうか?
ホールドスチールにしても、マズルコントロールにしても、力ずくです。狼の群れで、力が強くても、ただの猪突猛進ではリーダーは勤まらず、馬鹿はただ獲物を取り逃がすだけ。よってリーダーの座は力だけで決まるわけではなく、その他の要因もあります。第一、力だけで決めるのなら、他の儀式などは必要なく、ただ体の大きさで決めれば良いでしょう?力で決まるのなら、他の儀式は何のため?
なのにホールドスチールなどの力を示すものだけでリーダーシップを確保できるという現在の考え方は何なのでしょう?
第一、その行動を狼は、本当に順位を決める為に使っているんでしょうかね?

「母犬が子犬に対して、今まで言われているような叱り方や示威行動をしているのを見たことありますか?」という問いをブリーダーさんにしたところ、「はい」と答えたブリーダーさんは、全体の2.8%だったという研究結果を聞いたことがありますよ。

大体、狼の群れの本能が、犬にそのままの形で残っているという根拠はないですね。

ホールドスチールで脱力している子に「リーダーとして認めた。この子はリーダーに守られている実感からリラックスしているんだ」なんて言う方がいらっしゃいますが、ホールドスチールのあとは大体の子がショックを受けています。便とかゆるくなっています。
リラックスとショック、ぜんぜん逆の反応ですよね。どうしてそんなことが同時に起こらなきゃいかんのでしょう?便がゆるくなるという反応自体、ストレス反応です。リラックス状態というのはストレスがない状態です。ゆえにこんなことはありえないと思いますよ。

あれは紛れもなく「セリグマンの学習性無気力」であり、あなたから与えられる”拘束”という苦痛からの脱出に対して絶望した証拠です。確かに、それでいうことを聞かせられるようになるかもしれませんが、いうことを聞けばいいというものではないでしょう?
(・あなたからの叱責=またあの苦痛→回避不能という条件付けが起こり、
・あなたの思い通りにしたときに罰が消える→身を守れるということからいやいやでもいうことを聞くようになる。
・誉め言葉が”罰が消えた合図”)

我々人も、群れで生活します。その我々が、犬を「人間」だと認識していますか?犬に人としての役割を求めますか?
犬だって人に犬としての役割なんて求めません。求められるわけがない。(外人に日本語使うようなものです。相手が完璧に日本語話せるなら別ですが、我々は犬の言葉も群れの論理も完璧にはわかりません)
第一、これだけ何もかも違う人間が、犬のリーダーなんて勤まりません。出来ていると思っている人はたくさん居るでしょうが、犬のしぐさ一つ真似られない人間が出来るわけないと思います。

犬たちは、生まれて少し経った位から、人間達を観察しています。お互いに明確な順位を持たず、犬のしぐさの意味を理解せず、獲物に全く反応せず、群れの外の相手と見境無く仲良くする人間を。

もうひとつ、人が狼の群れを観察し、その行動パターンと種種の儀式を理解しようとしたのは、そんなに昔ではないです。それまでの人は、狼の群れの構造・論理なんて知らなかったはずですね。
当然、リーダーシップを基調としたしつけなんて行っていなかったはずですね。とり方を知らないんですからね。

でも、問題なんて起こさなかった。問題なかったからいっしょにいられた。
もし、犬がリーダーの座を虎視眈々とねらい、リーダーになりたがる、そして、リーダー以外の指示は聞かなかったとしたら・・・どうなりますかね?
きっと、問題を起こしてばかりで、いっしょになんていられなかったはずです。
第一、そんな状態で、はるか昔に狼(といわれてますが・・・?)を飼いならして、犬にすることができましたでしょうか?


行動学をお勉強する中で、「リーダーシップ」に疑問をもつようになりました。

だとしたら、従来のリーダーシップ論は、なんで出来たのだろう?
もちろん、狼との対比の結果でもあるのでしょうが、おそらく
(以下の事は僕の個人的な考え。行動学とは関係ないものも含まれていますので、悪しからず)
昔から、しつけと言えば罰。特に日本人は叱って自分の子どもや犬などをしつけてきた民族。
そして、猫などの、他の動物は、人に罰を与えられたら、人の手の届かない所へ逃げて、罰を回避することが可能であったのに対し、犬は運動能力の関係と、リードに繋がれていた関係から、逃げられない状況にあったでしょう。
しかも、体格差の関係から、逆らう事も出来ない(大型犬も子犬のうちは力が弱い)
こうした事から、犬は罰を与えられた時、人間の思うがままにし、あるいは人間のご機嫌をとることで回避するしか、方法がなかった。
で、そのうち、罰を回避するということに無気力になった。
指示(危険ではないと確認されている行動)を除いた「自らの意思による行動」を、出来るだけしない様になった(危険だから)
この行動を人は、「人をリーダーとして、服従している」と、勘違いしたのではないかと思います。

どうでしょう?一理ありませんか?
元々、「狼は群れで行動し、その中には順位がある」と言う観察報告をそのまま犬に当てはめた論理で、あまり深くは考えられていなかったのではないかと思います。

リーダー論理に一体どんな根拠があるのでしょう?
「狼は・・・」の報告から、それが犬に当てはまる、絶対服従、リーダーを尊敬、リーダーの感情が群れの感情だなんて論理になる、明確な証拠は?
その観察報告の出所はどこでしょう?最新のものですか?
(リーダーシップが取れたらいうこと聞くというのは、危険の有無や自分にとって都合がいいことが起こるかどうかということを考えて、どうするのがいいかということを覚えた、ただの条件付け行動ではないかと思います)

狼の本能が残っているという証拠は何もないはずです。

どんな生き物でも、彼らの生涯の主人公は、彼ら自身です。その彼らが、自分たちの欲求や感情をそっちのけに、リーダーの指示に従う、リーダーの感情が群れの感情なんてことは、あらゆる動物で、ありえないことではないでしょうか?みんな個体個体、1匹1匹が生存のために本能その他を身に付けたんです。誰かのためにほかの誰かが消耗するような本能を、その”ほかの誰か”が身に付けるなんて、ありえない話です。彼らはあくまで、彼ら自身が生き残る方法として、今の本能を身に付けたんです。

自らの生命を維持し、その遺伝子を後世に残すということが、あらゆる生き物で最優先であり、そうでない個体は生き残れない。生き残れない個体は遺伝子を残さない。遺伝子を残さないということはその特性も残らない。
(ダーウィンの適者選択)


そもそも、誰かのために消耗する本能を身に付けたら、その個体は誰かのために働き、死ぬということ。蜂のような、どんどん生まれてくる生き物ならともかく、一年に数匹が生まれるだけの生き物がそんなに消耗して、倒れていたら、その群れはあっという間に消滅したはずですよね。
実際、働き蜂の寿命は一ヶ月ないぐらいです。(手元の資料によれば)

群れや社会構造なら、人や豚、シャチにもありますが、こんなことが言われているのは犬だけです。

第一、「自分の食べ物を取られそうになったら、相手が上位の狼であっても、うなって追い返す」と言う報告を聞いたことがありますし、「リーダーが進もうとする方向と違う方向に群れの大半が動いた時、リーダー狼は方向転換をし、群れの進む方向に向かった」と言う報告も聞いたことが有ります。この話からしても、「絶対服従」は、かなり怪しいお話ですね。(絶対服従は、人の願望だと思います)

・犬から見て、人は違う存在。同じように群れで暮らす人間が、犬に「人としての役割」を求めないのと同じように、犬も人にそのような役割は求めない。そもそも、コミュニケーションの方法も、しぐさも、興味の対象も、考えている事も違う人間が、犬のリーダーなんかになりきれない。

・リーダー論は、狼の行動を犬に流用したもの。それが犬にそのままの形で残っているという根拠はなし。

・動物というものは、自らの生命を維持し、遺伝子を残すことが最優先であり、欲求や本能はそのためにある。ゆえに群れのために自らの欲求を抑えるということはありえない


以上の3点から、僕は犬が人を群れの仲間だと思っているとも、リーダー論が当てはめられるとも思えません。考えれば考えるほど、勉強すればするほど、違うとしか思えません。

大体、観察した狼も、保護区で餌付けされた狼で、野生の狼と同じ行動をしていたかというと、その根拠もないんですよね。

何か、「群れの仲間。リーダー論」を裏づける証拠はありますか?あったらぜひ、教えて欲しいです。

もちろん、ほっといて好き放題させろとは言いません。でも、犬にとって人はただの同居人である以上、下手な支配を考えるよりも、犬の要求する、食べ物やおもちゃや獲物を追いかけるなどの楽しい活動など、モチベーターとなるものを、人間のほうでコントロールし、生活の主導をすると考えたほうが適切ではないでしょうか?そういう意味でのリーダーシップは必要でしょうね。
そのほうが犬に優しく、人にわかりやすく、楽しいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。良かったら、また来て下さいね。
皆様に全てのよき事が雪崩のごとく起き、光ある幸せの道を進めますように。
お読みくださって、ありがとうございます。続きを読む
ニックネーム アース at 08:06| Comment(6) | TrackBack(3) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

厳しい?

皆様、本日も来て頂いて、ありがとうございます。
実家に帰省してから、ネットになかなか来れなかったです。皆さんの所にも行かないと〜。コメントも残したい。

さて、先日とある人(以下Aさん)とお話をして、それからずっと考えていたのです。

僕が「おやつを使う方法は、
@おやつがなければ言う事を聞かない犬になる
A飼い主と心を通わせず、差し出す食べ物のみに興味を示すようになる
B指示を出したら必ずおやつをあげなければならず、おやつ無しでは出かけられない。また、途中であげるのを止めればストレスを感じる
C太る原因になる
から使っちゃ駄目」と言う、とあるホームページの文章に対して

「@は指示を出して、行動してからおやつを出したり、あげたりあげなかったりを繰り返してみたり等、おやつ無しでも指示に従わせられるようになる方法はいくらでもあるんですよね。
Aも、きっちりアイコンタクトをとってから指示を出す。飼い主に注目してからでないとご褒美を出さない等で、飼い主に注目させる事は可能ですね。
Bは変動強化(@でやってます)や複数の種類のご褒美を使う事で回避できますね。
Cは、毎日、その日のごはんを計量してから、いくつかをしつけ用に取り分ければいいでしょうし、フード以外のものを使うとしても、その分をいつものごはんから取り除けばいいでしょう。
大体、犬の1日の必要カロリー(栄養も)なんて
・天候
・気温や湿度
・運動量
等で容易に変化するもので、それを正確に測るのは不可能と思います。第一、犬を毎日見ていれば「ちょっと太ってきたかなぁ」とか感じるでしょうし、そうなればフードの量を調節するでしょう?皆さんそうやって調整しながらフードをあげていると思うんですよね」と言うと、「そんな難しい事はトレーナーだから出来るんだ。仕事して、家事・育児もしている素人の飼い主さんには無理だ」と、Aさんはおっしゃる。

僕は「人が犬を招きいれ、自分の意志で飼っている以上、負担を強いられるのは当然だと思っていますし、その犬を飼う上で必要な事は身につけるべきだと思っています。しつけ方も、犬の負担が少なくなるように配慮すべきと思っています。犬はあくまで連れて来られているんだと思いますから。しつけが犬にとって負担、嫌な事にはなるべきでないと思っています。

世の中色んな方法がありますし、それは全てうまくいくから考え出されているのだと認識していますから、それを一つ一つ批判するつもりはないです。
でも、それを選択する飼い主さんが「難しいから」「これ以上知識をつけるのが億劫だから」と言う理由で特定のやり方に絞っているのなら、それはおかしいと思うんです。

出来る出来ないじゃなくて、やるんです。難しく思っても勉強してください。別に時間制限なんてないんだし、皆さんできる限りの勉強をして、日々少しずつ改善してくださいと言っているんです。できるだけというのも、別に嫌だと思うときまで無理して勉強しろと言っているんじゃないんです。毎日やれと言っているんじゃないです。停滞する日がたくさんあってもいいと思うんです。まさしく、やれるだけでいいんですって。とにかく、難しいから嫌と言うのは避けて。」と思っているのですが、厳しいですかね?

と、まあ、本日は僕の愚痴でした。
皆様に全てのよき事が雪崩のごとく起きますように。お読みいただいて、ありがとうございます。補足
ニックネーム アース at 01:23| Comment(2) | TrackBack(2) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月16日

はじめはお家で

皆様、こんにちは。本日も来て頂いて、ありがとうございます。

さて、皆様、しつけはどこでされていらっしゃるでしょう?
近所の広場など、色々なところがあると思いますが、僕としては「最初はお家の中で」をお勧めします。(外で飼っている場合は庭で)

なんでかと言うと、お家の中は、他の人や、犬や、その他動物の匂いもしないし、音も少ないので、ワンちゃんがトレーニングに集中しやすいです。

拾い食いの予防など、本来外で使うようなしつけも、おうちの中で最初はされると良いと重います。出来るようになったら、次は外で。

また、外に行くときも、人や犬の少ないところから、だんだん多い所へと、段階的に上げていくのがいいでしょう。新しい場所では、失敗しやすくなるので、少し難易度を下げて(近くで指示を出す、誘導を大きくするなど)あげると良いかと思います。

前にも書いた事があるような、なかったような・・・。もし書いた事があったら申し訳ないです。
ニックネーム アース at 03:31| Comment(0) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月31日

犬は人を尊敬しているのか?

皆様、こんにちは。本日も来て頂いて、ありがとうございます。
フフフ、先日ジャ○ネットでデジカメ買ったです。1週間ほどで届くはず。
届いたら早速ためし取りして、ブログにアップです。被写体は・・・誰にしようかな?やっぱり、るーと君か?

 さて、今回は僕の個人的な考え。きつい言い方ですが、僕も、考えがあってです。
(注意:かなり辛らつに書いていますが、別に皆さんを非難したりしようということが目的ではないです。ただ、気がついて欲しい。それだけです。頭に入れて欲しい考えなんです。この際嫌われても構いません。これだけは譲れないから・・・)

 たまに「犬は利口で、善悪をわきまえ、飼い主を尊敬し、自ら考えて行動し、飼い主に忠実で、どんな食べ物や面白いおもちゃより、飼い主の笑顔と誉め言葉を何よりの喜びとし、飼い主の不機嫌な顔と声を何より嫌がり、飼い主の感情と都合を最優先する、人間にとって最良の友」と言う人がいますね。
別にこれを全て否定はしませんが、「飼い主を尊敬」「善悪をわきまえ」「自ら考え」「飼い主の笑顔を何よりの喜びとし、不機嫌な顔を嫌がる」「飼い主の都合と感情を最優先」と言うのは、かなり怖い考えではないかと思います。


 まず「善悪をわきまえ」って・・・それが人間の善悪感情と一緒だとは到底思えないのですが。
まず、違うと考えて良いでしょう。そりゃあ、行動の後に嫌な事があれば、「自分にとって
都合の悪い”行動」と認識して、その行動をしないようになるでしょうね。でも、まず間違いなく「悪い事」とは思っていないでしょうね。
(そんな風に思う、理由も根拠も必要もないです。悪い事だと認識すると思っているのはまず、人間だけ。擬人化の影響でしょう。人と犬は違う生き物なんですから、擬人化はよしたほうがいいとおもいます)
 善も同じですよね。自分にとって都合がいいからするんですよ。犬はその点では、もっと利己的だと思います。
善悪概念と言う物は、人が今の「生きていく手段」を選ぶ際に、必要になったから作り上げたもの。でも、犬の「手段」にそんなものは必要の無いものと僕は考えます。生き物は、不必要な能力は身に付けません。


 「飼い主を尊敬し」と言うのもちょっと・・・。
確かに犬は群れで活動して、その中には順位が有るのは確かでしょう。
でも、アルファを尊敬しているかと言うと・・・。

 そもそも、犬は(正確には狼は)アルファ(最上位の者のこと)の統率のもとに狩をし、外敵から身を守って生きてきた種だと認識しています。

つまり、アルファへの服従って、それが狩りを成功させ、外敵から身を守り、自分の生命を維持して、種を存続させる事だから。

 アルファはアルファと言う「仕事」を、オメガ(最下位の者のこと)はオメガという「仕事」を、狩りと外敵の撃退の為にしているに過ぎないと思います。(上司と部下のような関係ですね。)

と、なると、犬ってアルファを尊敬しているとは思えないのです。

 感情が全く無いとは言いません。でも、人への愛着とか、その他感情は、服従とは別次元の事ではないでしょうか?
服従は、あくまで生存の為のシステムであり、そこに尊敬などと言うものはないですよ。

リーダーシップを取ったからといって、尊敬してくれるわけでも、それで全ての問題が解決するわけでもないと思います。期待はしないでおきましょう。

例えば、皆様が僕を尊敬したとして下さい、そこで僕が「じゃあ、天井裏に行って、電気回路を配線してきてください。」と言ったとして、できる方が何人いらっしゃるでしょう?
リーダーシップが取れたからといって、教えられていない事は出来ません。自分で勉強しようと言うのも、判断基準が得られない以上、無理ですし、そもそも自分で勉強しようとするわけないです。
犬にそんな事を期待するのは、酷というもの。無理難題です。


 「飼い主の笑顔を(以下省略)」と言うのも、上のような理由から、無いでしょう。
 確かに誉めるのはご褒美になり、機嫌が悪くなるのは罰になりますけどね。でも、それは
・おやつや毎日のごはん
・面白いおもちゃ
・お散歩
・その他犬が喜ぶご褒美
・(罰の回避もしくは消去)
は、皆飼い主の機嫌がいいときに出て来る可能性が高い物だと、経験からわかっていて、

 反対に機嫌の悪い時には
・大きな声で怒鳴られる(びっくりさせられる)
・首輪を引っ張られる
・(賞の消去)
等、何か自分にとって都合のよくないことが起こると、やっぱり経験で判っているからではないでしょうか?

 そもそも、犬は、人が顔の筋肉を動かして顔の形を変えても(あえて笑顔とは言いません)、それの意味はわかりません。
「いい子だね」の意味もわかりません。
声の調子を変えても、興奮しているのはわかるかもしれませんが、それの意味なんて知りません。

「いい子だね」でしっぽを振るのは、ひとえに学習の賜物です。そして、皆さんが認識していようと、認識していまいと、犬は日々の人間観察でこれを学習しています。
実際、猫でも、ウサギでも、カラスでも、聴覚がある動物なら皆「いい子だね」で喜ぶように出来ます。視覚のある動物なら皆「笑顔」で喜ばせる事が出来るようになります。細かい事を工夫しさえすればね。犬だけ特別ではないです。

 「人間がアルファで、その人を尊敬しているから、そのアルファの笑顔と誉め言葉が嬉しくて、反対に不機嫌な顔が嫌」と言うことは、ありえないと思います。誉め言葉ではなく、それに付随するものが嬉しくて、犬は学習していると思います。

 犬だけでなく、あらゆる動物の”究極の命題”は「生存し、繁殖をして、種の保存をする事」です。
そして、それに直結する「食欲」「性欲」「行動欲」が、動物の欲求として、もっとも強い物。そして動機付けとしてもっとも強い物です。

そして、笑顔や誉め言葉は、欲求を満たす物が手に入るというサインであり、笑顔そのものや、誉め言葉には、そこまで強い力はないです。

誉める事が意味の無い事だとは言いません。実際、僕だって犬を誉めます。でも、誉める事自体が犬の喜びになっているとは思っていません。僕が犬を誉めるのは、2次的強化子(ご褒美を連想させるもの。貰えるかもしれないと思わせるもの)である事と、僕自身が楽しいからです。楽しむ事は重要です。楽しくなきゃ続きません。

 罰でしつけられた子(例えば、おすわりと言って、直後に腰を押さえつける
、あるいは首輪を引っ張るなどし、座ったら止めて誉めるなど)は、「誉め言葉=これ以上罰は与えないよ」だと思っているでしょうし、喜んでいる理由は「罰が消えた」です。(負の強化)
そして、これも、生存欲求を満たす物です。
 (こう言うやり方が駄目と言うつもりはないですので、悪しからず。
ただ、嫌がらせているにもかかわらず、「誉めれば喜ぶ」だの、「嫌な事でも我慢する」だの「嫌がっていない」だのと言われる方がいらっしゃるので、それは間違いですよと)

 「犬が人を喜ばせたがっている」なんてことも、ないでしょう。
喜ばせたいのだとしたら、それはまず、自分にとって都合のいいことを起こす為にしています。つまり、人が喜ぶ事自体が嬉しいのではないです。

 「人の気持ちを最優先する」なんてこともありません。出かけたときに、いたずらとか、してますよね。(他にも、自分の気持ちを優先している場面、あるはずです)
犬はアルファの為に服従するのではなく、あくまで自分の生存の為に服従しています。人がアルファになれたとしても、犬は「自分の気持ちが最優先」です。

 もし、犬の先祖の狼が、「生存<アルファを喜ばせる事」と言う本能を作り出しているとしたら、それは自分の命が危険になる事でも、アルファを喜ばせるためなら、自分の命を捨ててでも、なんでもするという事になりますよね?

もし、それでその個体に万が一のことがあったら、その群れは狩りや、外敵を追い払う際の戦力を欠く事になります。
戦力を欠くということは、その群れは狩りが成功する確率が下がるという事であり、外敵から身を守れる確率が下がるという事。それはその群れが滅ぶ原因になります。

蜂のようにどんどん生まれてくるわけではないのに、もし、そんな事をしていたとしたら、人と会う前に、狼はとっくに滅び、犬という種は生まれていないでしょう。
したがって、犬はそんな事はしません。アルファもそんな事させなかったですし、オメガもそんなことしません。
上にも書きましたが、生き物は不必要なものは身に付けませんし、まして、自分達が滅ぶ原因になるような行動をさせる本能なんて・・・。生存欲求より強い本能を作り出したら、確実に滅びます。当たり前です。
あくまで、群れや服従は生存の為に作り出したものであるという事を忘れないで下さい。

そして、何より、死んでしまった個体は、遺伝子を残しません。したがって、リーダーのために命を投げ出すような個体の遺伝子は、残り得ません。

「なぜ、犬は儀式的な行動で順位を作り上げ、力でのいさかいを出来るだけ避けるのか」と言う事を考えてください。それは、群れのメンバーの命が何より大切なものだったと言う証拠だと僕は思います。

 「嬉しい」「楽しい」「好き」「嫌い」等の感情も、それを感じさせる物も、基本的には、いぬも、ねこも、ウサギも、ハムスタ−も、金魚も、カラスも同じでは無いでしょうか?


 「自分で考え」と言うのも、人間の都合のいいように考えてはくれないでしょう。犬は、そんなことする必要は、全く感じていないですよ。

 もし、「善悪をわきまえ、飼い主を尊敬し、自ら考えて行動し、飼い主に忠実で、どんな食べ物や面白いおもちゃより、飼い主の笑顔と誉め言葉を何よりの喜びとし、飼い主の不機嫌な顔と声を何より嫌がり、いつも飼い主の都合と感情を最優先する」犬が居るとしたら、それはもはやロボットかマリオネットですよ。
僕だったら、そんな犬、いらないなぁ。
 犬がこんな事をすると思っているのは、完全に人の過剰な期待であると思います。


 生き物と生きるということは、相手の”生き物である部分”を認め、尊重する事。そして、生き物が自分の所にきて、そばに居る事に感謝し、幸せを感じることだと僕は思います。
「食欲、性欲、行動欲」が一番の欲求である事も、自分の気持ちが最優先であることも、生き物として、当たり前な事です。認めてあげてください。
”生き物”だから、犬は可愛いんですから。


なぜ、こんな事を書いたのかと思う方もいらっしゃるでしょうね。

 僕としては、名犬ラッシーや忠犬ハチ公のような犬像は持たないで欲しいんです。
 そのように考えていると、実際に来たワンちゃんが、いたずら等をしたときに、「善悪をわきまえている」=「そんな事はしないのが当たり前」だという考えから、「うちの犬は馬鹿だ、根性が悪い」等と考えてしまい、虐待や保健所に連れて行く人も居ると思うんです。

 「犬は人の気持ちを最優先する、従順な生き物」なんて考えていたら、犬の気持ちを汲み取れなくなると思うんです。

「犬はこうしてくれる筈」、「こう考えてくれるはず」と言う感じで、余計な期待をもってしまうと思うんです。そして、それがかなわないとわかった時点で、期待は失望に変わり、失望した飼い主は虐待するか捨てるかする事が多いでしょうし、そうでなくても犬との生活が楽しくなくなるでしょう。

 忠犬像を持つ事は、明らかに「何でも言う事を聞く。自分の自由にして良い」と言う勘違いを招きます。

「生き物が自分の思い通りになるはずがない」と言う、至極当たり前のことを失念してしまうとおもんです。

 また、飼い主の気持ちを優先するとか、従順とか、善悪をわきまえているとか考えていると、犬がいたずらした時には際限なく罰を与える人もいて、またそれをしても良いという考えに至る原因になると思うのです。(なんと言っても、「犬は悪い事をしたと解っている」「犬は人に絶対服従」「叱れば悪い事をしたと解り、反省する」と思いこんでいるんですから)
実際に、そう言うケースはたくさんあると認識しています。
そう思われているから、「犬は世界で一番虐待されている生き物だ」なんて学者が言うんです。

 「飼い主が自分の家の飼い猫を虐待した」と言う話より「飼い犬を虐待した」という話の方が、頻繁に聞くような気がします。
猫より犬のほうが頭数が多いと言っても、聞く回数が違いすぎます。僕としては、「忠犬像を持っている人がいるから」と言うこと以外に理由は思いつきませんが・・・。

 なので、僕としては、忠犬像はさっさと忘れて、条件付け等の「理論に基づいたしつけ」を取り入れて頂きたいと思っています。

 犬のしつけに、忠犬像は不必要です。少なくとも、おすわりなどの行動を教えたり、禁止を教えたりするのに、群れの論理は考慮する必要の無い「別次元の物」だと感じています。問題行動についても、最初に考えるべきは「条件付けが不完全なのではないか」「意図しない条件付けがなされているんではないか」「何も条件付けされていない(教えていない)からではないか」等であり、服従の問題は関係ないです。

 「犬を機械のようなものとする、冷たい考え」とか思うかもしてませんが、虐待したり、犬の気持ちを考えられなくなるぐらいだったら、こっちの方が暖かいでしょう?
僕としては、従順とか何とかという考え方より、暖かいと思っています。


 第一、動物行動学に基づいたしつけというのは「犬の行動や学習原理を理解し、犬に負担が少なく、且つ覚えやすい方法を選択する」しつけであり、機械として扱っているわけではないんですよ。

 人の学校教育にも、条件付けの理論はふんだんに使われてます。皆様、学校で先生に指導を受けた際、機械だと扱われたと実感しましたか?

「条件付け=愛情が無い」なんて事は無いんです。もしそうなら、愛情なんて物は成立しません。なんと言っても、皆様、無意識に使っているんですから。

したがって、可愛がらないのとは違いますよ。たっぷり愛情をかけて、可愛がってあげてくださいね。ただ、忠犬像は持たないで欲しいんです。

 忠犬で無かろうと、そんなことは別に良いでしょう?
服従するから、その見返りに愛するわけではないんですから。忠犬だから可愛いんじゃないんですから。
尊敬だ何だという考えは、犬を愛する事には、全く必要の無い物ですよね?

 自分への期待は結構な事ですが、他人や他の動物に対しての期待の先にあるのは大体「失望」。期待しても、相手はその期待にこたえようとはしません。相手がどんな期待をしているかなんて、わかんないんですから。
よって、期待しても、その通りになる事は少ないです。特に忠犬像はかなう事なんてほぼ無いです。犬に期待するより自分に期待し、自分の知識と技術を磨くことの方が有望だと思います。

(期待に応えようとしてくれると思っている方、もしいらしたら、それは一体、どういう根拠でおっしゃっているんでしょう?
聞きますが、あなた様は、人の気持ちや、人が抱いている期待を、完璧に汲み取る事が、出来ますか?ご自分の出来ない事を、なぜ犬には、やれと言うのでしょう?それが出来ると言う証拠は、一体どこにあるのでしょう?)

かなわなくてもいいと思っている期待なら、別ですよ。それは別にかなわなくてもショックを受けないでしょうから。でも、「絶対〜してくれるはず」と思っていたら、ショックを受けるだけです。ショックを受けたら、可愛がれなくなるでしょうし、可愛がれなくなったら、犬も人も嫌な思いをするだけです。
正直な所、それはやめてほしいのです。

忠犬ハチ公や、名犬ラッシーなどの、名犬・忠犬伝説は、もうそろそろ、皆様の頭から消去する時が来たのではないでしょうか?
話が作られた当初は、犬をいとおしく感じさせ、可愛がることに貢献したと思いますが、もう既にその効果は殆どないばかりか、むしろ邪魔になっていると思います。



 そして、しつけではなくても、犬に関わる仕事をされている方、頼みますから条件付けぐらい勉強しておいてください。(出来れば動物行動学全て)

 専門家を名のる人の中にも、どう見ても勉強していないだろうなぁと思う人が居ます(たくさんの本を読んでみての感想)
怖い考え方をしている人がいるようです。(頼みますから、止めてください。特に、飼い主さんたちに言ってまわるのは。)
 人の学校の先生でも、免許を取るときに心理学を勉強するんですから。ワンちゃんの心理ぐらい勉強しても損はないですよ。
というか、知らないと、勝手な思い込みや勘違いや、過剰な期待をしてしまいますよ。

 例えば、「人を喜ばせたがっている」なんて考えも、「罰を消去する事がご褒美になる」と言う事を知らなかったから
また、笑顔や誉め言葉が、ごはんやおもちゃなどを連想させる
あるいは、腰を抑えたり、首輪を引っ張ったりするような罰を、これ以上受けないですむと思わせる)
”2次的強化子”となりうる事を知らなかったから、誉めた後にしっぽ振っているのを見て「誉める以外に賞が無い事から、犬は人が喜ぶのが嬉しい」と言う結論に至っちゃったんではないですか?

 「何事も理論通りにはいかない」とか、考えてらっしゃるかも知れませんが、実践は理論の先に成り立つ物であり、理論無しには実践はありえません。
そして、条件付け等の理論は、誰がなんと言おうと覆せない、明確な事実。天文学的な数の犬を使って、証明されてきた事です。「理論通りにはいかない」は、理論を無視する理由にはなりませんよ。

 我々のする事は、「”愛せる犬像”に当てはまるように、犬の行動や感情を解釈する事」では無く、「ありのままの犬の姿を見つけ出し、それを受け止め、愛する事。そして、飼い主さんにありのままの犬の姿を伝えること」でしょう。
”忠犬像”は、そのためには必要の無いもの。と言うか、むしろ邪魔な物です。

 「善悪をわきまえ、飼い主を尊敬し、自ら考えて行動し、飼い主に忠実で、どんな食べ物や面白いおもちゃより、飼い主の笑顔と誉め言葉を何よりの喜びとし、飼い主の不機嫌な顔と声を何より嫌がり、いつも飼い主の都合と感情を最優先する」なんて言うのは、確実に「ありのままの犬の姿」では無いです。(生物学的にも、動物行動学的にも、ありえないじゃないですか、そんなの。理由は説明済みですよね・・・)

 動物行動学は、確実に「ありのままの犬の姿」を理解する最大のヒントです。
自分の主観だけでは、確実に「思い込みと自分の理想の犬像」に陥りますよ。
犬への期待は止めておきましょう。それが、犬との生活を楽しくするコツだとおもいます。

 善悪をわきまえているだの、飼い主の気持ちを優先するだのと言った犬像を飼い主さんに伝えるのは、本当によしてください。
あなたは暴走しないで、うまく飼えているのかも知れませんが、それを聞いた飼い主さんが「何でも言う事を聞く。自分の自由にして良い」と勘違いをしたり、「こうしてくれるはず」と言った感じで、余計な期待をしたりして、しつけをしようとした挙句に「言う事聞くはずだろう。この馬鹿犬、駄目犬」と言って虐待に走ったり、捨てたりする可能性が無いとは言えないでしょう?
そんな事は誰も望んでいませんよ。

 偉そうだとか思うかもしれませんが、僕は本当に、怖いんです、善悪をわきまえているだの、人の気持ちを優先するだのと言ったような怖い考えが浸透するのが。忠犬像にマッチできなかった犬が捨てられていくのが。余計な期待をした挙句に、人も犬も苦しむのが。
本当に、止めて欲しいんです、これは。


(飼い主様は、動物行動学とか、簡単にはわかって欲しいですけど、詳しくわかんなくても大丈夫ですよ。これを見ていただいている飼い主様、「そして、しつけではなくても〜」から、この真上までは、無視で結構です)


〜要約すると・・・〜
 忠犬像は忘れてね。人の都合を思いやったり、人の気持ちを最優先したりする犬は居ないんですから。
 そこまで来たら、もはや生き物ではなくロボットですから。
”生き物”である犬を、理解し、受け止めて、愛してあげてくださいね。
犬に「絶対〜してくれるはず」等の、失望につながりかねない、過剰な期待はしないで下さいね。期待しても、お互いに嫌になるだけだと思います。
ニックネーム アース at 08:44| Comment(12) | TrackBack(1) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

「吠えろ」と「静かに」

今回は「吠えろ」と「静かに」を。かまって欲しくて吠える場合には逆効果かも・・・。参考にした本は
・ダンバー博士の犬の行動問題としつけ イアン・ダンバー著 尾崎 敬承
時田 光明 橋根 理恵訳 レッドハート

です。

「静かにさせる事が目的だから、”静かに”だけで十分」と思われる方もいらっしゃると思います。
が、興奮している時にはこちらの言葉を聞いていない事が多く、また、いつ吠えるのかわからないので、「静かに」は教えにくいのではないかと思います。
「吠えろ」で吠えてるときには、自分の意志で吠えるわけではないので、黙らせやすいですし、トレーニングの時に確実に吠えますね。
と、言う事で、吠えろから。

吠えろと言う

ワンちゃんが吠える刺激(おもちゃを鳴らす、玄関のベルを鳴らすなど)

吠える

ごほうび
を繰り返す。刺激を与えなくても、「吠えろ」だけで吠えるようになったら理解したと思われます。

静かに:

「吠えろ」で、吠えさせる。

静かにと言いながら、おやつを目の前に持っていくなどして、静かにするように誘導する(もちろん、静かになるなら、おやつでなくても良いです。)

静かにしたら、3〜5秒待ってごほうび。待つ間は誉め続ける。
これを繰り返す。おやつを見せなくても、「静かに」で黙ったら理解したと思われるので、今度は黙って、3〜5秒待ってからおやつを取り出す。

静かにしている時間を長くする。(誉め続けるのは変わりません。が、誉める間隔は長くしても大丈夫でしょう)

そして、おやつをあげる頻度を少なくする。
と言う感じで。


問題行動は何が原因かわからず、また、刺激に対するワンちゃんの反応も1匹1匹違うので、直るか・・・と言うと、わからないです。
と、言うか、勉強を始めて、未だ日の浅い僕が、適切なこと言うのは無理かなぁと、本当に正直に言ってしまうと、思ってます。(学校でも、問題行動の治療についての話は無かったです。難しいからだそうで)
が、もし、直すきっかけになったらと思ってます。
ニックネーム アース at 06:02| Comment(7) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月22日

対立行動法

不定期更新ですいません、僕のブログをいつも見てくれている方々、ありがとうございます。
今日は「対立行動法」について。もう知ってるよ〜と言う方、ごめんなさい。
問題行動の修正法の一つで、問題行動と同時には出来ない行動を条件付ける方法です。
これだけだとちょっとわかりにくいので実例。
人がそばに来たら、飛びつく癖のあるわんちゃんが居たとします。
その子に「人がそばに来たら、おすわりする」ようにしつけをします。
もちろん人にはお座りしている時だけかまっていただくと言うことで。
おすわりしながら、飛びつけないですよね?(おすわりには”落ち着かせる”と言う効果もあるので、そう言う意味でも有効だと思います)

食事中におねだり⇒マットの上で伏せる
とか、他にも応用出来ますよね

余談:この方法について、「犬がいけないことだとわからないから、この方法は根本的な解決にならない」とか言ってくれた人が居ます。
ご忠告、大変感謝いたします。が、そんな事は無いと考えます。
この方法を使う事により、ワンちゃんは「このような状況では、こうすればいいことが有る」と言うことが解ります。そうなると、ワンちゃんは問題となる行動より、対立行動をとりたがるようになります。

皆様、犬になったつもりでよく考えて下さい。人が問題とするような行動をいけないことだと解らなかったとして、しても何もいいことのない行動と、する事によっていいことがある行動、どっちをとります?

この事を踏まえた上で、この方法は、効果が無いと思いますか?
僕は思いませんが、皆様はどう思います?
ニックネーム アース at 23:03| Comment(20) | TrackBack(1) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする