2008年05月22日

スクール時代の思い出

皆様、本日も来てくださって、ありがとうございます。

さて、僕が飼いたいなぁと考えているワンコですが、
「コイケルホンド」(コーイケルホンディエまたはダッチ・ディーコイ・スパニエルとも言います)
という犬種がいいなぁ・・・と考えています。
いやぁ、もう、ね。スクールに行っていたとき、配られた犬種図鑑の写真を見て、もう、「この子〜。かわいい〜」って。
一目ぼれ。具体的な理由なんてございません。

で、ご近所のワンの飼い主さんたちに、写真を見せたところ
「キャバ?」と、皆様、口をそろえて言う。
ついでにうちの母も言う。
似てるか?顔の模様ぐらいじゃないか?
写真で見比べましょう。
Sany0009.jpg
キャバちゃん♪

Sany0010.jpg
コイケルしゃん♪

Sany0011.jpg
実家のアース君!

どうかな?ま、両方かわいいハートたち(複数ハート)(アース君はお・ま・け黒ハート
画像をクリックすると、大きくなります。

夢中になれる犬種に出会って、幸せです顔(メロメロ)

さて、キャバといえば、スクール時代にお付き合いしてもらったワンたちの中にも、キャバが居ました。
女の子だったのですが、お散歩のあと、おしりを拭いていたら、妙に嫌がられたんだよなぁ・・・。
「いやん、助兵衛」とか言われたのか?僕?
で、そのあと、お毛毛をブラッシングしてるときに、「キャイン」なんて泣かせてしまったのだ。痛かったのね。
それでも、仲良くしてくれたキャバちゃん。とってもいい子です。犬(笑)
あれで、少し、上手になった・・・かな?
僕はあの子との授業が大好きだったのだ。
出さえすればくれた、学校独自の認定ライセンス。
それでも、一応はトレーナーなのだ。胸張ってゴーです。
そして、頓珍漢なことを言ったり、嫌がられるようなことを言ったりしても、それでも仲良くしてくれている、飼い主さんや、知り合いがいる。
僕はついてますね。いい人たちに出会えて。幸せものです。
皆様、感謝します。ありがとう!

さいごまで読んでくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。

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2008年05月20日

またいい本を見つけてしまいました

皆様、本日も見にきてくださって、ありがとうございます。

さて、ずいぶん久しぶりに、河川敷に行ってワンたちと触れ合ってまいりました。

今日は台風も近づいていることもあって、雨が降るかなぁ・・・なんて思っていたのですが、なんと、ワンたちと遊んでいるときだけ晴れてました。
なんてついてるんでしょう犬(笑)

そして、今日はナナちゃんが、すごく仲良くしてくれたんです。
飼い主さんいわく「ほかの人にはあまりしない」
うれしいですねぇ。好かれているんですねぇ。僕。顔(笑)

それに、じゅりちゃんに、キッスをしてもらったのじゃ。鼻にちょんって。
幸せですねぇ、僕。顔(メロメロ)


さて、今日、ワンたちが来るのを待っている間、暇つぶしに買った本なのですが、
良いんですよ、これが。
笑顔で光って輝いて

この世の物事は、それ自体に善悪や価値があるわけではなくて、起きた事に、その人の解釈や見方が影響して、それによって善悪や価値が生まれているんだよ。
だから、それ変えちゃいな。苦しくない解釈にしてしまえば、世の中生きていくのが、楽になるよねぇ。
とか、
良いように考えていると、良い事あるよぉ、
と言う内容です。

「アンテナを広げる」には激しく同意します。
物の見方は、たくさん知っていれば知っているほど、対応しやすい。

僕はえらそうにしつけについて、いろいろ言っていますが、僕はライセンスを持っているだけで、実際に自分で育てた経験があるわけでなし、多分間違いや言うべきでないことをいっていたりしていると思います。
でも、それで、皆様のしつけの見方が少しでも広がるのなら、それでいいと思って、書いています。

だから、どうぞ僕の話は「そんな見方もあるんだなぁ」という感じで見てくださいね。
で、どうぞ皆様、ご自分のやり方で、そうするべきだと思うことをなさってくださいね。

と、言い訳がましいことは、このぐらいにして、僕としては、今現在自らの能力について悩んでいる方、苦難の真っ只中の方、思春期の方に激しくお勧めします。もちろん、その他の方もね。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。

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2008年05月02日

大切に、大切に

さて、いきなりですが、皆様、自分を大切にすることも、忘れないでくださいね。

ペットレスキューのかた、犬猫たちを助けるのは、大変すばらしいのですが、自分がどうなっても・・・とは思わないでね。

もちろん、それ以外のかたも・・・ね。
愛しているから、なのか、それ以外なのか、それはわかりませんが、それで自分が体を壊したり、心を病んだり、そこまで行かなくても、ストレスを感じて、健全な毎日を送れていないとしたら、それはとても悲しいことです。

時々、その人本人がどうにかなってしまったり、周りの人に不快な思いをさせてしまったりといったお話を聞きます。
もちろん、そうしてでも・・・と思うぐらいに大切に思っているからだと思いますが、ちょっと待ってくださいね。

皆様が動物を、子供を、親を大切に思っているのと同じように、
あなた様も、誰かに愛された、一人の人間です。
そのあなた様が、どうにかなってしまったり、誰かに迷惑をかける方になってしまったら、その大切にしてくれた人たちは、きっと悲しむ。

世の中では、自己犠牲が美徳のように言われていますが、自分の子が、犬が、本当に自分を犠牲にしてしまったら、と考えたら、
どうでしょう?悲しいですよね。

誰かを悲しませないで、自分を大事にして、その上で、できることだけをする。
もちろん、これは理想論でしょうが、ぼくは、あんまり、悲しい話は聞きたくないなぁ。

しつけでも、ただ、できればいいというわけでなく、両方が楽しく、得をするように。

犬に奉仕させるとか。
そういう、犬の側から肉体的、精神的な何かを奪ってしまうようなことは、させたくない。
誉めることが、よい行動だけでなく、犬の自尊心も、自信も、しつけを楽しむ心も、好奇心も、飼い主への愛着も、何もかもを育むものである
と、いうことで、誉めて誉めて誉めまくりたいですね。
もちろん、自分もね。自分を誉めることって、たいせつだよ・・・ね。
甘いといわれようが、僕はとことんそこにこだわります。
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2008年04月23日

社会化計画

皆様、本日も来てくれて、ありがとうございます。

前回の記事、よくわからなかったですよね。
言葉って、潜在意識に刻まれていくらしいんですよ。一つ一つ。
人の行動の97%は無意識みたいなので、これは大きいですよね。
体は食べたものでできているといいますが、
心は今まで聞いてきた言葉や、かけられた想い。あるいは自分で使った言葉や抱いた想いで、できているようです。
と、いうことで、いい言葉を繰り返し、言いまくるんです。多分、これでいいと思うのです。
もちろん、心の中で否定したくなるようでは意味がないですがね。


さて、今回は社会化の計画を。
まだ具体的に決めたわけではないですが、もし実家に帰るとしたら、あそこは人も犬もほとんどいないところ。
念入りに計画を立てておかねばね。

”イヌ自身は、自分が暮らす人間社会では、かむ事が死罪にも値することだとは、わかっていない。〜中略〜
世間の人々は、犬が正常な遺伝子を持っていれば、かまないと思っているが、これは大きな間違いだ。
正常な遺伝子であれば、怖い相手から距離を置きたい時に「かむか逃げるか」
のどちらかを選ぶ選ぶ習性をイヌに植え付けているはずなのだ。
動物というものは、社会的距離をとても強く意識しており、常に相手との適切な距離を維持しようとする。
その方法は2つしかない。自分が去るか、相手を追い払うか。
つまり、犬の攻撃行動は、あくまでも相手を追い払う手段なのである。”
(ジーン・ドナルドソン著「ザ・カルチャークラッシュ」より)

ということで、社会化の失敗は、ちょっと(いや、かなり)危険だと思うので、気合を入れねばね。

ちなみに、リーダーシップうんぬんは、まったく関係ないでしょう。
僕が群れの論理反対派であることもあるが、
そもそも、生き物は生き残った個体が遺伝子を残し、遺伝子を残した個体が持っていた特性が受け継がれるのである。
たまたま生き残り、繁殖をすることもあるかもしれないが、たいていの場合、リーダーのために危険を顧みない個体は、そうでない個体に比べ、危険な目に合う確率が高く、子孫を残すことが難しくなる。
つまり、リーダーのために・・・などという特性は淘汰され、関係なく自らを守ろうとする特性が残っていく・・・というのが自然であり、
現在の犬たちにも、そのような習性が組み込まれているはずである。

人が、リーダーになれていないから、攻撃性が発揮されるとか、そんなことはないと思います。

つまり、そもそも僕は人間が犬の群れのリーダーにはなれないと思っているが、
もし、なれたとしても、危険を感じれば、攻撃性が発揮されるのは、最初からわかりきったことであると思う。
(と、はるか昔の記事にも書いたよね〜。)
ちなみに、「食べ物はリーダーが真っ先にたべる」というのは、どうやら間違いだったらしいです。


さて、そもそも、社会化とは・・・?
端的にいえば、「ものに慣れる」!
慣れるとは何か?
”その状態に長く置かれたり、たびたびそれを経験したりして、違和感がなくなる。通常のこととして受け入れられるようになる。”
(大辞泉より)

と、いうことで、いろいろと頻繁に見せてあげるのが基本でしょうね。

さて、ここで学習の原理から、考えてみましょう。
慣れも学習・・・と考えると、生き物は
@自然に身につく
A楽しいから覚える(正の強化)
B切羽詰って覚える(負の強化)
の3つしかないと思う。

@は、制御のしようがないので、無し。Bも、慣れには不向き。
ということで、必然的にAでしょう。

身の回りのものを観察して、触れて、覚えるという時間を、いかに楽しくするか。ということで、
T、慣れるべきもの=楽しいものにする。
U、僕と居るということ自体を楽しくする。
V、楽しい雰囲気の中で慣れさせる。
といった感じでしょうか。

さて、具体的に、どうしようか・・・。
まあ、まず、Uでしょうね。僕といる=楽しいと、なってくれれば、その間に見たものも、楽しいものと思ってくれやすくなるでしょう。

そのためにも、飼い始めたら、いっしょに遊んだり、抱っこしてなでなでしたり、お昼寝したりしましょうかね。できるだけたくさん。
もちろん、「いいこだね〜」とか、「たのしいね〜」とか、「おりこうだね〜」とか「ついてる、うれしい、感謝してます、しあわせ、ありがとう、許します」とか(笑)、たくさん、声をかけましょうねぇ。(ドーパミン大量分泌中)犬(笑)


あとは・・・Tのために、ま、定番ですが、相手におやつあげてもらったり、見せておやつとか。もちろん、頻繁に声をかけながら。

Vの、雰囲気作りは・・・そうだな、・・・歌でも歌うかな。楽しそうなのを。

ちょっと余談ですが、今、僕、これにはまってます。「リトル・チャロ」

http://www.nhk.or.jp/charo/

英語の勉強用に作られているものですが、とってもかわいらしくて、楽しいのです。
アニメの部分のみも、放送されているはずなので、見てみてちょうだいな。
字幕つきなので、英語わかんなくても大丈夫ですよ。僕もあまりよくわかんないし。今のところ。

5月6日に、それまでの話をまとめてやるらしいです。
今まで見ていなくても、大丈夫です。
で、何がいいたいかと言うと、この番組、月一ぐらいで、歌が入るようで、子守唄とか、なんか色々あるらしい。
これの歌を、がんばって覚えて、歌ってみるかな・・・と、それだけです。
きっと、一緒にいる時間が楽しくなるでしょうからね。

え、別にほかのでもいいんじゃないって?
ごもっともです。単に、僕が番組を見ていて、楽しいので、ほかに楽しめる人がいたら、楽しみのおすそ分け〜がしたい・・・と、いうことです。
以上、余談でした。


さて、ほかには・・・そうだな、
いろんなものをビデオにでも撮って、おうちのテレビででも、映していようか。
間接的接触だけど、直接的に触れる際に「あの時見たやつ〜」なんて思ってくれたら、しめたもの・・・。
ま、効果あるか、わかんないし、これだけでは不十分だけど、おうちというのは、楽しい空間であるはずだし、そこで見たものということで、プラスにはなるかなぁ・・・なんて。どうでしょうね?




さて、慣らすものは、当然ですが、
1.できるだけ細かく(子供なら子供でも、性格、容姿、年齢、行動パターンなどの違う子と)
2.できるだけ頻繁に(忘れないために)
3.最初は刺激を弱く、だんだん強く(距離、量、状況も少しずつシビアに)
でしょうね。
これがいちばんやっかいやなぁ。そんだけ人も犬もおらんわ。
お知り合い、お友達の皆様、よろしくね。できれば知り合いが知り合いを呼んでくれるのがベストやな。
保育園とか、活用するかな。前を通るぐらいだけど。
あとは、行動範囲を広くすれば何とか・・・。
車の運転、練習しないとな。本当に苦手なので。
教習所のおっちゃんに「車両感覚がまったくない」といわれたぐらいだったので。

本日も来てくれて、ありがとう。よかったら、またきてね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
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2008年04月18日

そろそろ準備をはじめましょう

皆様、本日もおこし頂いて、ありがとうございます。

さて、もう、手に入れたいものは、おおむね手に入った感があるので、そろそろ、犬を飼うことについて、最終的な準備をすすめてまいりたいと思います。

さて、やはり最初は精神的なこと。
仕事に関しては、今までのセルフ・マインドコントロールで、
「仕事をするということに対する恐怖感」は薄らぎ、自分でも、ほかの人と同じように、まともに仕事ができるのではないかという自信がでてきましたので、大学生のときのような、
「全身が硬直して、就活(電話、メール、ネット操作など)ができない」という状態にならず、前向きに取り組めるでしょう。



犬を飼った時のことを考えましょう。
しつけをする上で、最も気をつけたいことは、感情の制御。
犬のやったことで、あるいは日常の出来事で、感情が乱れ、しつける上で、とるべきでない行動をとらないようにしたい。
ゆえに、
「私は常に冷静に、とるべき行動は何かを考え、行動する。
そのために不要な感情は抱かない。
私は、ひとたび犬を目の前にすると、恐れ、怒り、悲しみ、戸惑いなどの感情はおさまり、
喜び、楽しみ、そして幸福感に満ちた、ゆったりとした気持ちになる。」
と、マインドに投入してみることにする。

勉強も相変わらず、飼ったあとも続けましょう。知識と自由度はセットです。
ひとつのことに対して、いろいろなものの見方ができるというのは、問題解決能力の向上に、非常に重要です。
「私は好奇心旺盛で、勉強好きで、プラス発想人間で、意思がいたって強い」
これも入れて見ましょう。

さらに自分を信じられるように
「自分なら必ずできる。自分には何でもできる。可能性は無限にある」

これは普段すり込んでいる言葉ですが、
「私は今までの人生の中で、一度たりとも手を抜いたことはない。
その時点での最善の努力をし、最善の判断をし、出来るだけの経験をつんできた。
完璧な人間ではないが、そんな人間はいない。
ゆえに私は、現時点での最善の人格・能力を持った、最善の人である。
失敗もするが、失敗だけでなく成功もするし、失敗からも常に何かを学び、考えられる賢い人間だ。
何より大切なのは、周囲がなんと思おうが、私が自分を信頼し、自信を持つことであり、私は自信を持つに値する人間である。」
これも、もっと頻繁に朗読することにします。

今思いつくのはこのぐらいかな。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
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2008年03月08日

己を生ききる事

皆様、本日も来て頂いて、ありがとうございます。
今日、さっき、「たけしの誰でもピカソ」を見ておりました。
その中で、「何か人に誇れるものをもて。なんていうけど、みんながみんな、そんなの無理。そんなのなくても生きていることが一番すばらしい」
という感じのことをおっしゃっていました。

そうですよね。何ができるか、できないか。それは関係ないですよね。
その人にはその人の能力があり、できることとできないこととがあり。
その能力を持って、精一杯生きていることがとてもすばらしい。
能力の限り懸命になることにこそ価値がある。

「〜でなくてはならない」
「〜であるべき」
思い込まされるのは苦しい。

犬だって、そう。
びびりなら、びびりでも、なんであっても。
ただあるがままに己をいきている事
そのことにこそ価値を見出せることが、すばらしい。

思えばずいぶんと、人にひどいことを言ったなぁ・・・と、反省もし、
もっと、自分の感覚と能力を信じ、これでいいと自信を持つことが必要だなぁ・・・と思いもし。

本当に、自分は自信がなかったから。
人と同じことができないと、落ち込み。こうあるべきだと言われ、そうでない自分がいやになり。

できるものなら、やっているのである。できないから、悩むのである。

できようと、できまいと、それでいい。そう思った上で、できる限り磨きをかけていく。
それで、どこまでできるようになろうと、なるまいと、得た結果に執着せず、ただ目の前にある、やったらいいと思うことに、ただ淡々と取り組む。
それが重要なんですね。

また新しいことに気が付いた。僕も変わるでしょう。

実は、去年、「シルバメソッド」なるものに参加して、いろいろと楽しい話を聞いて、体験してきまして、そこで「自信たっぷりな自分」をマインドに投入してきたのですが、その効果が現れたのかも。
1年経って、なりたい自分のヒントが得られたようですね。
すばらしいです。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
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2008年02月10日

何でだろうを考える

みなさま、本日も覗きにきてくださって、ありがとうございます。

さて、精神論ばかりというのもなんなので、たまには技術の話を。

皆様、「原因と結果の法則」というものをご存知でしょうか?
同名の書籍があるので、それを読んでいただいてもいいのですが、要は「原因があれば、結果が現れるんだよ。今出ている結果には原因があるんだよ」というものです。簡単かつ、あたりまえですね。

さて、それならば、ワンコの問題行動にも原因があって、結果が出ている、そうではないでしょうか?
そして、その原因を突き止めて、消せば、行動もきえる。
方法選択の参考にしてください。
もちろん、原因は一つとは限りませんよ。

具体的な例をひとつ。ほかの犬が怖くてワンワンほえている子。
怖くなくなれば、吠えなくなるでしょう。
どうすればいいでしょう?叱ってみましょうか?
さて、この子、ほえている原因は消えたでしょうか?
つまり、ほかの子が怖く亡くなったでしょうか?
・・・NOですね。怒られても、怖いものは怖いですね。


もともと、しかるという行動は、「悪いことだとわかってほしい」という気持ちからでしょう。が、しかし、当のワンコちゃんは、
「ほかの子が近づいてくるという状況に、危険を感じているわけで、自らの生命を守るという、至極当然のことをいしただけで、悪いことはしていない」と思っていることでしょう。

もちろん、ほえることでもっと危険にさらされるという認識になれば、ほえなくなる子もいるかも知れませんが、「なら、噛み付いて追い返そう」とか、「こっちから逃げ出そう」とか、別の行動に発展することもあるでしょう。

というか、怖いと思っている以上、何とかして追い払わなくてはならないという必要性に駆られているでしょう
たまたま問題ない行動に発展することもあるでしょうが、それは博打みたいなもので、確実性はないでしょう。
噛み付きに発展して相手をかみ殺したり、逃げ出して車に轢かれたりしたら・・・と考えると、解決になっているとはいえないかと。

大体、「自分が吠えたから怒られた」ではなく、「相手の犬が近づいてきたから」と、犬が捉えたら、余計に原因を根の深い物にしてしまうでしょう。

もちろん、このまま、ほおって置くと、かみ殺しあうことが予想されるときなど、緊急性があり、すぐにとめなくてはならないこともあるでしょうし、そういうときには有用なこともあるでしょう。回避法としては。つまり叱ることは、問題の回避法ですね。解決法ではないですね。
この場合、叱って済ませようというのは、たとえて言うと、細菌感染をおこして、皮膚病になっている子に、抗炎症剤だけを使って、抗生物質を使わないようなものだと。

近づいて来たら、いいことが起こるようにして、印象を変えるのがいいでしょう。怖くなくなれば、行動も消える。
具体的な方法は、書くと長いし、ネットもしくは本をちょっと探せば見つかるので、割愛。

長くなりましたが、何かの参考になればいいなぁ。考える際の参考知識のひとつになれば幸いです。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
ニックネーム アース at 03:21| Comment(2) | TrackBack(0) | しつけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

そもそもしつけって何でしょう?

皆様、あけました、おめでとうさんです。

さてさて、今回は、「しつけとはなにか?」について考えてみましょう。
何かがわかれば、目的がはっきりして、何をすればいいのかがわかる・・・ようになるといいなぁ。

さて、結論から言うと、僕は「楽しむ心を育てること」だと思っています。

僕たちが犬にしつけをする理由は、その子が生きていく上でのさまざまな障害を取り除くことだと思います。
そのために、吠えてほしくないし、噛み付いてほしくない。ほかのことも同じですね。

では、なぜ吠えるのか、噛むのかと考えると、「イライラしているから」と思うんです。
皆様もそうでしょう?人を攻撃したり怒鳴りつけるときって、イライラしているときでしょう?ストレスたまっているときでしょう?

だから、それを楽しめるようになればいい。楽しいときは、誰かを攻撃しない。そう思うのです。

じっとしているというのもそうですね。じっとしているのが、楽しくないから、ストレスや、フラストレーションがたまって、そのままの状態(ストレスがたまる状態)で居たくないんだ、と思います。

お友達とショッピングとか行って、二人の間に会話が弾んで楽しいと、どこまでもいっしょに見て歩きますよね。

カフェで食事するときも、ずっとそこでじっとしていても、楽しい会話中なら、苦痛でないですね。

でも、話もなく、楽しくなかったら、ばらばらに買い物し始めるし、カフェでも、食事が終わったらすぐに出て行きたいですよね。

だから、しつけの目標は楽しませることだと思うし、
しつけとは、さまざまな状況、場面、物事を「楽しい」と思う心を育てるのが「しつけ」だと思うんですね。

具体的にどうすれば良いかと言われれば、その子にもよるでしょうねぇ・・・としか答えられませんが、どうすれば楽しめるかな、と考えていけばよいのではないかと思います。

もちろん、みなさま、いろいろな考えがあると思いますし、それでいいと思います。
ぼくは、こう考えています。犬の楽しい顔が大好きだし。

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今回はちょっと付録的に。

外で犬を誉めるのが恥ずかしいという方、何か特定のサインを作って、それをしたときにご褒美を連想できるようにしてみるのはいかがでしょう?
ほかに使わなくて、普段しないしぐさで、簡単なもの。拍手とか。
それで誉めなくても・・・とはいかないこともあるでしょうが、周りに聞こえるような大きな声でなくても犬がわかるようになるのではないかと。検証してませんが。

最後まで見てくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのようにおき、光ある幸せの道を歩めますように。
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2007年11月29日

失敗なんて、ないんです

皆様、今日も来てくださって、ありがとうこざいます。

さて、皆様の中には、しつけを、何度やってもうまくいかないと思っている方もおられるでしょう。
それで良いんですよ。
そもそも、はじめからうまくはいかんでしょうね。
でも、できないならできないなりに、やり続ける。どこを改善したら良いんだろうか・・・なんて言いながら、試行錯誤を繰り返していると、そのうちできるようになっていくものです。
できないというのは、途中であきらめたということ。もうできないと思ったということ。
逆を言えば、あきらめなければ、可能性があるということですね。

なんでもいいです。何かについて、昔(1年前ぐらい)と今を比べてください。
何か変わっているはずですし、それは、大体の場合、上達されているのではないでしょうか?

皆様、大概のことはそうやって覚えてきたのではないでしょうか?
赤ん坊のときに、立って歩けるようになったときから、歯磨きも排泄も、箸の使い方とか、お化粧でも、みんな「うまくいかない」とか何とか言いながらうまくなってきたのではないでしょうか?

そもそも、何であきらめたのかと考えると、多分失敗したと思ったからではないかと思いますが、失敗なんてないんですよ。

たとえば、赤ん坊のとき、われわれは強いモチベーションを持ち、周りの人たちを手本に、さまざまなことを覚えてきます。何度同じことを繰り返しても怒られず、駄目と非難されない。うまくできるならうまくいく、できないならできないというフィードバックがあり、何をしても何らかの成果が得られます。
失敗などありません。結果に基づく改善・改良はありますが。

われわれはたくさんの複雑な行動を、意識することなく行えます。
赤ん坊のときの膨大な経験がその秘訣。

だから、皆様の経験は、失敗ではなく、うまくいかないという結果を得たのですよ。

そう思っておきましょう。

最後まで読んでくれて、ありがとう。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
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2007年10月13日

人の心、犬の心

皆様、本日も来てくれて、ありがとうございます。
先日、仕事先にて、”夕勤主任”とか言う、わけのわからない肩書きで呼ばれるようになりました。呼ばれるだけで、権限は無し。なんだかなぁ・・・。

さて、いろんなプロの方にお話を聞きにいくと、「飼い主さんが安心すると、犬も落ち着く」「飼い主さんにリラックスしてもらうと、寝てしまう」等の類のお話を聞くことがあります。
これは、犬に限ったお話ではなく、ねこや、その他の動物でも同じようです。

これってつまり、人の心が動物に影響しているということですね。
しかも、別に声を聞いたわけでもなく、目で見たわけでもなく、反応している。
興味深いですね。

と、今回はその話ではなく、
人の心が影響するなら、逆もあるだろうと。

動物たちには、おそらく、不健全な思考や思い込みはないことでしょう。(たぶんね。)
その健全な心が、人によい影響を与えるのではないか。
実際この写真を、ちょと見てください。
ruto.bmp

あなたはだんだん、眠くなーる・・・

冗談です(笑)


さて、かわいいなぁ・・・とは思いますよね?
でも、実際に触れあったときのような感覚はないですね。
きっと、心は感じないからなのでしょう。

あの、動物と触れ合っているときの感覚。あれは姿やしぐさや体温よりも、触れたときに伝わる心。それの力なのでしょう。
だとすると、アニマルセラピーは、動物と心の通じたときに真価を発揮するのでしょうね。
あたりまえのような、そうでもないような・・・。

これはきっと、ほかのことにも言えるのでしょう。

トレーナー学校時代、アイコンタクトを取ることが重要だと教わりました。
それは、こちらに注目しているときは、こちらが出すサインを聞く体制に入っているからだと教わりました。
でもきっと、それだけではなく、見つめあっている時は、心を一番強く感じるときだから。最近、そんな気がします。

もちろん、犬には犬の都合があり、損得があり、欲求があるので、心が通じたからといって、人間の都合にあわせたり、思い通りにしてくれたりはしませんけどね。
「こっちの感情を汲み取って、わかってくれる」なんて、あまり期待しないでおきましょう。

僕は根っからの理系で、根拠のないこと、理論的でないこと、理屈のとおらないことは語らない、信じない。そういう人です。心、マインドの領域に関しても、理屈がよくわからない、けどこうなんだろうなぁ・・・と思うことがたくさんあり、それの理屈をもっと知りたい。それが僕を心理学やマインドにひきつける大きな理由なんですよね。

一人でも多くの人が、動物と、そして人同士でも、心を通わせることができるようになることを、
そして、人と動物の心が、もっと輝くよう、ひとつでも多く幸せを感じ、いやなことができるだけ少なくなるように。
僕の願いです。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。よかったらまた来てね。
皆様にすべてのよきことがなだれのように起き、光ある幸せの道を歩めますように。
ニックネーム アース at 01:11| Comment(5) | TrackBack(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする